横浜院長のひとりごと No.212 主観と客観

横浜院長の柏です。今度のライダー・戦隊映画になんとゼビウス登場。大学生時代、本郷のゲーセンでひたすらやってました。どうしても最終16面がクリアできず...苦き青春の想ひ出ですね...。

さて、われわれ医師は学生時代、医学部で病気について学び、医師になってからは実際の診療の場においてその知識をup to dateしていきます。しかし、子供の頃から病気にかかっていて、その病気を治すために医者になった、という一部の方以外のほとんどの医師は、自分がその病気になったわけではありません。あくまでも客観的な視点から病者を、病気を観察し、現代の医学水準に照らして適切な方法で病者を救うのがその務めです。この「客観的な視点」に立つということはとても大切で、これができないと正しい診断、治療に至ることはできません。しかし、逆に考えると「主観的な視点」を持つことはできない、ということになります。精神科・心療内科の場合、精神療法の基本は「共感」にありますので、主観的視点を持てないということは致命的ともなりえる事態です。そこで我々は、患者さん達との面接を重ねる中で想像力をフル回転させ、主観的なつらさ、苦しさを理解しようと務めることになります。その意味で、想像力は精神科医には欠かすことができないものです。このあたりはしかし、それぞれの精神科医の個人的体験とも関わってきます。精神科医によって得意、不得意な分野があったり、また患者さんとの相性があったりするのも、このあたりに原因がありそうです。
私自身についてみると、思春期までに心臓神経症や社交不安症はあったと思いますし、高所・閉所恐怖症は今でもあります。うつ病については、実はその縁に立つところまでは経験しています。この先にいったらまずい、というあの感覚は思い出すだに怖ろしいものですが、実際にその縁を越えた方が多数いらしている、という事実は私にとっても重いものであります。いかに相手の側に立って、相手が体験している世界を追体験できるか。まだまだ修行が足りないと感じるところです。

一方で、主観的な立場から発信できるのは、当たり前ですが当時者の方々ということになります。しかし、それは逆に客観的視点に欠けるおそれがあるわけです。とある民間療法がある人に効いた、その人がネットに書き込んだが、それは「たまたま」効いたのであって、他の人にはほとんど効果がなかった、そんなこともいくらでもあるわけです。当事者からの発信を、このようなバイアスによることなく、皆で検討し、さらに専門家も協力することでよりよいものとする、それが当事者研究と呼ばれるものです。当事者研究では、北海道・浦河町の「べてるの家」が有名です。ここでは長年、統合失調症を抱えた方々がどう症状とつきあい、どう生きづらさと向き合ってきたか、様々な知見が集積され、発表されています。当事者研究ネットワークなるものも組織され、いまや全国に波及しており、横浜でもこの流れをくむ活動が行われています。

hitorigoto-212a.jpgで、最近こんな本を見つけました。うつヌケ。田中圭一のマンガですが、彼自身のうつ病からの脱出を柱に、「うつトンネルを抜けた人たち」の話が続きます。これはなかなか秀逸でオススメす。私にはさしずめ、宝物のつまった玉手箱のように感じられました。そして、当事者ではないのに専門家である、というジレンマを改めて感じさせられました。ここで「なるほど」と思ったことを今後の診療で活かしていければと思います。田中先生、ありがとう。皆さんの「うつ」も、うまくヌケていきますように...。


hitorigoto-212b.jpg今日の一曲、クラシックをお待ちの皆さんには申し訳ありませんが、今回は「うつヌケ」ということで(?)脱力系とします。最近わが家で大人気、ポケモン公式から「どないやねん、ヤドン」です(^_^; 悪しからずお楽しみくださいませ。たまには脱力することも大事、です(^_^; でも個人的にはコダックの方が...。ではまた。


2017/04/11

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