横浜院長のひとりごと No.311 こころの外科

hitorigoto-311.jpgザイアスペックがほしい...横浜院長の柏です。センター試験初日、今年もまた雪でしたね。どうもセンター試験というと、前職で大学勤務のとき試験監督やらされましたが、大雪の中代々木までつるつる滑りながら馳せ参じ、大変だった記憶とか、雪の記憶しかないですねぇ。このタイミングでやるの、来年から制度も変わるし時期も変えたらいい、とつくづく思います(というワタクシは、センター試験ではなく共通一次試験を受験した世代ですが)。

さて、No.305以降脱線続きでしたが、ここでPTSDの話に戻りましょう。改めましてPTSD(心的外傷後ストレス障害)とは、事件、事故、レイプなど生死に関わるレベルの事態に遭遇した後に発生する心理的・身体的症候群です。外傷記憶の侵入(悪夢、フラッシュバックなど)、外傷体験に関するものの回避、認知と気分のネガティブな変化、覚醒度の亢進といった症状が見られます。強烈な体験が「凍りついた記憶」として特別なしまわれ方をしてしまい、その出現を本人がコントロールできず、圧倒されてしまう状態です。
心的外傷の「外傷」とは文字通り外から見える部分のキズのことでして、かすり傷であれば放っておいても自然に治りますが、筋肉にまで達しているような深い傷の場合、消毒、包帯、場合によっては縫い合わせることが必要となります。こころの傷(心的外傷)も同じことで、浅い傷は自然に消えていく(記憶が薄くなっていく)のですが、深い傷の場合には手当が必要となります。
(注:皆さん、「トラウマ」というと「こころの傷」のこととお考えと思いますが、元来traumaとは外傷のこと、つまり外科用語なのです)
さて、医療の世界は大きく内科系と外科系に別れます。医学生は、卒業の際に内科系に行くか外科系に行くかをある程度決めることになります。通常、内科、外科(産婦人科、小児科もかな)はメジャー系と呼ばれ、精神科は皮膚科、眼科、耳鼻科などとともにマイナー系と呼ばれる科に属します。ふん、どうせマイナーだわい、といじけてしまいそうですが、実は最近また注目度が上がっているようで、以前初期研修医の必修コースに入っていた精神科、その後必修からはずされていたのがまた復活するという話を聞いています。精神科の重要性が再認識されてきている...のかな??
話がそれましたが、精神科の治療は基本的には内科的な考え方、方法論を取ります(と、少なくとも私は考えています)。うつ病、統合失調症、不安障害など、脳の変調に対してそれらの変調の様子を分析し、向精神薬と呼ばれる脳機能の作用する薬を使ったり、課題の整理や働きかけを行ったりすることにより脳機能の正常化をはかります。やっていることは脳の内科ですね。しかしPTSDなどの外傷性精神障害の場合、このアプローチだけではなかなか難しいことがしばしばあります。SSRI(抗うつ薬ですが不安にも有効)のひとつであるパロキセチンだけが、わが国ではPTSDに対する保険適応があり、一部の方には効果がありますが、これだけでは凍りついた記憶を溶かすには不十分なことが多いのが現状です。PTSDのような深い傷を処置する場合、キズの場合の縫合のような「外科的な」方法が求められるのです。うつ病やパニック障害など、一般的な気分障害・不安障害においてもトラウマとなる体験がきっかけ(トリガー)となることはしばしばありますが、通常われわれはあまりそれを掘り下げることはいたしません。障害の程度が強いときはトラウマ体験がとてもつらく感じられるけれど、良くなってくるとその感じ方も変わってきて、「ああ、そんなこともあったな」と流せるようになってくることも多いからです。心的エネルギーが十分あれば、多少のトラウマであれば乗り越えることができる、それが人間の持つ回復力(レジリエンス)なのです(注:リンク先の過去ブログでは「レジリアンス」と表記しましたが、現行レジリエンスという表現が一般的なので修正しました)。しかし、PTSDのような深いこころの傷の場合、こころの傷自体にしっかりアプローチしないと「凍りついた記憶」は処理されず残ってしまい、思考・感情・感情、そして行動などに大きな影響を残ったままとなってしまいます。ではトラウマ自体にアプローチする、どういった外科治療が有効なのでしょうか。最新の治療ガイドラインとして、英国NICEガイドラインをみてみましょう。子ども/若者、と大人とに分けての記載となっていますが、大人では治療として、(1)トラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBT) (2)EMDR (3)トラウマ焦点化コンピューター認知行動療法の3つが挙げられています。(1)のTF-CGTには、認知処理療法、PTSDの認知療法、ナラティブ・エクスポージャー・セラピー(NET)、持続エクスポージャー療法(PT)が含まれます。個々についてはお話しませんが、いずれも安全なセッティングの元で外傷体験へのエクスポージャー(暴露)を行い、それを安全に乗り越えることを目指します。 (3)は私もよく知らないのですが、認知行動療法(CBT)がアプリでできるようになりつつある昨今、TF-CBTもアプリでできるようになるのかも知れませんね。すごいことです。(2)のEMDRについてはNo.075でお話しました。かつて治療者資格を取得し(レベル1)、その意義は認めつつも効果には疑問を感じていたワタクシですが、最近ちょっと見直しつつあります。といいますのは、PTSDとは過去のトラウマ記憶が現実の世界を蹂躙するものです。この場合、こころ...すなわち脳においては過去が肥大化してしまっています。これを現在に、現実に引き戻すのが治療ですが、ではたしかに現在に、現実にあるものとはなんでしょうか。それは、肉体です。身体です。かつて大学時代お世話になった養老孟司先生が喝破した通り、「中枢は末梢の奴隷」すなわち、本来脳は身体の奴隷なのです。脳が身体を無視して暴走している状態...過去が現在を凌駕している状態...それがPTSDの本体といってよいのではないでしょうか。とすると、PTSDの治療の肝要はいかに脳から身体に立ち返るかという点となります。EMDRは、その原法は左右の眼球運動ですが、それにとどまらず体の左右対称部位でのタッピングや刺激が有効とされます。こうした左右対称の刺激が身体に立ち返る効果につながっているのではないか...そんなことを考えています(悩み、煩悩から立ち返るために呼吸に注目するのは代表的な自律訓練法ですが、考え方はこれも同じでしょう。)。
PTSDの治療は長い道のりです。みなさんが過去から現在へ、脳から身体へ安全に帰還できるよう、どんな支援ができるのか。われわれも試行錯誤の毎日です。
では今日の一曲。ドビュッシーの小組曲から第3曲「メヌエット」をマルタ・アルゲリッチとクリスティナ・マルトンのピアノ連弾でどうぞ。全曲版はこちらからどうぞ。あえてメヌエットだけにしたのは(動画では第4曲に続いちゃいますが)、自分達の結婚式の二次会で妻と連弾をした思い出の曲だからであります(*^_^*)。ではまた。


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