横浜院長のひとりごと No.338 説明書と設計図

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横浜院長の柏です。今年も、だんだんお日様が低くなり、通勤時に車のフロントガラスに朝日が差し込む季節となりました。今日は説明書と設計図の話をします。例えば家電を買うと、説明書がついてきますね。まあ最近のiPhoneなど、Apple製品みたいについてこないものもありますが、皆さんも通常は説明書とにらめっこしてから、家電を使い始めるのではないでしょうか。普段使う分にはこれで問題ないのですが、いざ故障、トラブルが起きたときはそうはいきません。簡単なトラブルシューティングは説明書にも載っていますが、それでうまくいかない場合は、説明書に書いてある連絡先か購入元に連絡して修理を依頼することになります。いかんせん、今どきの家電装置の中身はわれわれにはブラックボックス。機械いじりが好きで第二種電気工事士の資格まで取ってしまった私でも、手出しができないことがほとんどです。修理を行う電気屋さんは、設計図、あるいは仕様書といったより専門的な資料を持っており、われわれにとってブラックボックスのところも理解して修理を行います。大工さんでも水道屋さんでも、プロと呼ばれる人たちはみな設計図・仕様書を読みこなす力を持っているわけです。われわれ医師も、誤解を恐れずに書くならばその仕事は『「にんげん」の修理』とも言えるでしょう。
言ってみれば解剖学、生理学が人体の設計図、病理学がその故障のパターン集、各科の治療学が修理マニュアル、となるでしょうか。内科医であれば全身から故障箇所をみつけ、外科医は故障箇所に直接アプローチして修理を行います。整形外科医ともなるともう大工さんと似たようなものでして、「かんな」以外の大工道具は何でも使うぜ、と聞いたことがあります。
では、精神科医はどうなのか?脳の修理屋であり、「こころ」の修理屋ということになりますね。神経内科や脳外科が「見てわかる」脳の病気...生理検査で所見が認められるもの...を扱うのに対し、精神科医のフィールドにある病気は、現在のところ生理検査では所見がつかめないものが多いのが現実です。ここは実に難しいところがあって、検査が進歩してわかる病気が増えると、その病気が精神科から神経内科に取られる(うーん語弊があるかな)という困った現象もあるのです。たとえば認知症。そして、てんかん。癲癇(てんかん)は、かつては精神分裂病(統合失調症)、躁鬱病とともにわが国では三大精神病として精神科医の主要な守備範囲でした(あえて昔の漢字を使ってみました!時代を感じていただけました?)。私が研修医の頃も、東大病院ではてんかんの方がたくさん見えていて、私も当時は一年目から外来をたくさん持たせていただいていたのですが、たしか4人に1人くらいはてんかんの方だったと記憶しています。てんかんではてんかん発作が注目されますが、実際には発作だけではなく衝動性、爆発性、粘着性などの性格変化が実生活で問題となることも多く、やはり精神科が診るべき病気だと思っています。もちろん認知症も、です(当院は都心型のためか、認知症の方がきわめて少ないのが特徴となってしまっています。とくにお断りしているわけではありませんので、お困りの方はご相談下さい。てんかんも診ます)。

話がそれましたが、脳の修理とこころの修理、これらは矛盾するものではなく、薬物療法、精神療法、そして生活調整といった手法を駆使して、来院される方々の苦悩を軽減し、QOL(quality of life)を上げていけるよう援助するのがわれわれの仕事です。では、精神科領域における説明書と設計図とはそれぞれどのようなものでしょうか。

家電の説明書には、操作の仕方だけではなく、長持ちさせるための注意点などが書かれています。精神科の説明書は、まずは(これは医学一般のことですが)基本的な生活の仕方。早寝早起き、三食をきちんととる、適度な運動をする、といったことからはじまり(あ、当たり前のようですがこれが基本です。治療をしてもよくならない、という方はまずここを振り返ってみて下さい)、ストレスをためすぎない、ストレスの量を一定内にコントロールする(少なすぎるのもよくない)、仕事量の調整、環境の最適化、対人関係の見直し、といったことが書いてあるのではないでしょうか。われわれ精神科医はプロですから、さらに設計図・仕様書を書き上げ、それを使いこなす技量が求められます。精神医学や臨床心理学の様々な知見、地域ネットワーク・社会資源(顔が広いかどうかが問われますね)を駆使し、患者さんごとにそれぞれの設計図・仕様書をオーダーメードで作り上げるのです。精神科の病気は、患者さんごとにその現れ方の違いが大きく、なかなか教科書どおりというわけにはいきません。気分、不安、発達、愛着、などなど、様々な要素が複雑に絡んで起きてくる困りごとを因数分解し、どういった要素がどう絡んでいるのか、それを紐解いていく作業が精神科面接そのものであり、そのこと自体に、強い治療的意義があるのです。

以前当院で行っていた復職支援プログラム(リワーク)では、その最後に自分の「取扱説明書」(トリセツ)を作る、という作業を行っていました。職場や学校などで関わる人たちに、自分のことを弱点も含めてよく知ってもらい、適切な対処をお願いするものです。これはとても大切で、リワークに限らず、とくに発達障害の方などはパワポ(じゃなくても手書きでもなんでもいいですが)で自分のトリセツ作って周りの方々に読んでもらうのはお勧めです。その際、家族や支援者、主治医にも見てもらい、意見をもらいながらバージョンアップしていけるといいですね。

このように、一般向けの説明書、プロ向けの設計図、という二分化の図式でいいとずっと思っていたのですが、最近私はそれだけでは足りないかなぁ、と思うようになってきました。患者さんたちが見せる思考、行動にはわれわれが「了解」しやすいものと、しにくいものがあります。了解しやすいものとは、一般的な意味での不安や抑うつなどがそうで、まあこう考えたら不安になるよね、こんな状況に置かれたらうつ状態にもなるよね、というように了解、そして共感しやすいんですね。では、了解しにくいものとはどういうものでしょうか。一つは、精神病症状。幻覚、妄想、興奮などの、圧倒的な精神の変調。これは通常の私たちのこころの動きでは了解できません。もう一つは、発達特性に基づく症状。発達障害の方は、生まれつき認知(世の中の見え方)のパターンが異なっており、われわれ定型発達者からみるとなかなか了解しにくい思考・行動パターンを取ったり、感情表現をしたりすることがあります。最近、発達障害についての一般書もたくさん出版されており、それぞれの特性についてはそこそこ詳しく、なかには精神科の教科書顔負けのようなものもありますね。つまり、最近では説明書は豊富に手に入るということです。発達障害それぞれの特性について、自閉スペクトラム症(ASD)であれば社会コミュニケーションの困難、こだわり、融通の効かなさ、知覚過敏など、注意欠如多動症(ADHD)であれば不注意、衝動性、多動、時間管理の困難など。どういう症状・症候があり、それによってどんな困りごとが起こるか。このあたりは優れた書籍がたくさんあり、理解に役立ちます。おすすめは、もう結構古い本となりますが、佐々木正美先生たちご編集の大人のアスペルガー症候群、田中康夫先生ご編集の大人のAD/HDと講談社のムックが視覚的にわかりやすくて今でもお勧めしております。しかし、そうした症状・症候がどうしておこるのか、そのメカニズムとなると当然ながら一般書では難しく、本格的には脳科学の知見にてらして考えることになりますので、医学論文を読みこなす必要があります。当事者でもあり私の貴重なディスカッション相手であるHiroki Hayashiさんの著作はそこに一石を投じるものであり、ちょっと難解ではありますが興味ある方はご参照いただければ幸いです。

さて、なんだか長くなっちゃいましたがここが要点、そうした脳科学まで行かずとも設計図・仕様書にあたる内容をわかりやすく当事者やご家族、周りの方々にわかっていただくことも大切だ、という思いから、次回以降で発達障害の成り立ちについての私見をつらつらと書いていこうと思います。

今日の一曲は、ショパンの夜想曲(ノクターン)第15番ヘ短調op.55-1です。テレビで"Horowitz on Television"として放映された、ウラディミール・ホロヴィッツによるカーネギーホールでの1968年の演奏からの一曲です。ではまた。


コメント(2)

癇癪持ちで偏屈。会社でも家庭でも上手くいかず、身内からも遠巻きにされている私の実兄。
アスペルガーとLDを抱えていると思われる兄です。
本人の生きづらさも去ることながら、起居を共にする家族の疲弊も大変なものがあります。
障害というのは、生きづらさの異名なのかとしばしば感じ。

秋も深まり、優れた芸術に触れて心を浄化したい気持ちが沸々と湧いてきて。
ロシアの歌姫ユリア・レージネヴァ嬢の歌声を聴いていたら心が整ってきました。
https://youtu.be/Yw1A5TQVwvQ


パパゲーナさん
コメントありがとうございます。
障害とは生きづらさの異名…おっしゃるとおり、特性や疾患があっても生きる上で困ることがなければそれは障害とは呼びません。精神科領域の障害の大きな特徴と言えるでしょうね。
ヘンデルありがとうございます。心が洗われますね。

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