横浜院長のひとりごと No.340 まっすぐ

横浜院長の柏です。アメリカ大統領選挙。流言ツイートで人々は騙せてもウイルスは騙せず、科学を軽視した結果が世界一の感染者数ですが、さすが国民の半数近くが進化論を信じていない国。再選とはならなかったものの、有権者の半分近くがあのトランプに投票とは驚くばかりですね。人間の認識力なんてそんなもの。お隣の自由のない大国の人民もそうですが、みんな、自分の見えるものしか見ていません。結局、生まれてから自分の目で見て、自分で感じてきたもの、そのものがその人にとっての「世界」ってことなんですよね。


というところから、前回のつづきです。赤ちゃんが母親からの視線に気づき、そのことで自分以外の「人間」が意識に上ると、その人間から見た世界、つまり自分とは違う視点から見ている世界があることがわかります。生まれてきた赤ちゃんは、まだ世の中をどう認識したらいいのか、世の中がどうやって動いていて、どんなルールがあるのか、何も知りません。しかし、この世の中で生きていくためには、それを知ることが必要条件となります。なので、ほかの人間から見た世界を学ぶ...つまり、ほかの人の処世術を見て学ぶ、盗むことでそれを身に着けていくのです。こうして、人との関わりの中で、人類がこれまでの歴史で積み重ねてきた「世の中の認識方法」を受け継ぐことができます。一方、ASDの方々は生まれたときから、自分に見える景色の中で、「人間」をとくに抽出する、ということをせずに世の中を見ています。そのため、他人から学んで世の中を認識する、というアプローチが成立しません。なので、他人から見た世界はどうなのかな?というバイアスがかからず、きわめて純粋に、ピュアに世の中を見て、まっすぐ、そのまま取り入れていきます。考えてみれば、定型発達者は実はバイアスかかりまくりで世界を見ているわけでして、それこそ「空気を読んで行動する」なんてのは、まっすぐ育ったASDの方からみるとまるで意味不明ですよね。しかしまあそうは言っても、定型発達者は他人を基準にしてそれを真似ることで安心できるわけですが、ASDの方はそういう、外の世界にアンカーするものがないわけでして、何か自分の中で安心材料を作る必要があります。それが、こだわりや常同行動と言われるものではないでしょうか。何もわからず投げ出されたこの世の中で、自分のお気に入りから安心パターンを作り出す。自分の好きなパターンから、好きな感触から...くるくる回ることから、とある毛布の感触から、規則を厳密に守ることから...などなどから、自分なりにこの世の中での拠り所を得ているのではないか、というのが私の仮説です。こだわり、常同行動、こうした特性は、イマジネーションの障害を埋めるための、世の中とつながるための、彼ら・彼女らなりの大事なやり方なんですよね。まあしかし「イマジネーション(想像力)の障害」という言葉も定型発達者のエゴですよね。ASD者サイドからみたら、こんなもん既存の定型発達者同士のルールに縛られたものが正しいイマジネーション(想像力)、ってことになりますんで、その意味ではより自由な発想力のあるASDからみたら定型発達者のほうがイマジネーション(想像力)の障害じゃん?って話になるわけでしょう。


さて、幼少期に母親の視線に気づけないところから始まり、自分なりに世界観を作っていくASDの子どもですが、成長過程のあるところで(人によってその時点は様々のようですが)ほかの仲間たちがどうやら自分とは違うやり方をしているようだ、ということにようやく気づいてきます。そして、そのあたりでうっすらと、他人から見た世界があり、それを参照することでより効率的に世の中を知ることができる、ということに遅ればせながら気づくわけです。そこからコミュニケーションの本質的な必要性に気づくわけですが、生まれてすぐに本能的に行うのとは違い、どうしても人工的なやり方になってしまいます。ぎこちない話し方、アナウンサーのような話し方、感情のタイミングがずれる...こうした特徴は、一次的、本能的ではなく二次的、人工的に生み出されたコミュニケーション技法の現れである、と考えると了解しやすいと思われます。


今日の一曲は、先日に続いて大野雄二による、これも名曲です...NHK「小さな旅」のメインテーマをどうぞ。TVバージョンと、大野雄二自身によるピアノバージョン。どちらも感動的です。No.178でご紹介した新日本紀行(富田勲)、No.169の新世界紀行(服部克久)と、紀行物の日本人によるテーマ曲は、なんでこんなに美しいのだろう。ではまた。


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