横浜院長のひとりごと No.358 月経前気分不快症(PMDD)

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横浜院長の柏です。受付女子が当院のインスタグラムをはじめましたので、そちらもよろしくお願いいたしますm(_ _)m。
さて、しばらくお薬や発達障害の話ばかりになっていました。このあたりから、本来の精神科ネタに戻っていきましょう。


西日本はすでに梅雨入りが発表されました。史上最速とのことですね。ここのところ天気や気温の変動が激しく、気象病と呼ばれるような不調を訴えるかたも多いですね。ヒトの身体、そして脳はその置かれた環境の影響をまともに受けますが、それは年月日、それぞれのレベルでも見られます。「日」では、昼と夜の日内サイクルが影響し、内因性うつ病の方では朝が一番調子が悪く、夕方から夜にかけて楽になるのが典型的です。「年」では、主に冬場にうつ状態となる季節性うつ病がありますね。そして「月」ですが、海には満潮・干潮があるように人間の身体・脳も月齢の影響を受けます。実際には、月と地球との距離の変化、引力の変化が神経系に微妙な影響を及ぼすものと考えられます。これは男女を問わず存在するものですが、妊孕年齢の女性の場合、月経に伴いより明確に心身の変化が認められます。月経が近づいてくると心身に不調をきたす、いわゆる「月経前症候群」(PMS: premenstrual syndrome)がよく知られていますが、このうち特に精神面の不調が強いものは「月経前気分不快症」(PMDD: premenstrual dysphoric disorder)と呼ばれます。「月経前」とありますが、月経前(1週間以内のことが多いです)だけの人、月経が終わるあたりまで続く人、月経前は大丈夫だけれどむしろ排卵(月経2週間前)周辺に症状が出る人、など実際はいろいろです。いずれにしても、女性ホルモンが関係しているところは否定しようがないところです。症状としては、来院される方では抑うつ状態になる方、イライラ・易怒的な状態になる方、その両者を繰り返す方が多いようです。なかには切迫した希死念慮が出現する方、家族と重大なトラブルになる方もあり、たかが生理とあなどってはいけません。
女性の場合、月経・妊娠に関連した精神科的課題が少なくとも3つ知られています。1つ目は産褥期精神障害(脳科学辞典参照)と呼ばれ、赤ちゃんを出産後にうつ病や精神病などをきたすものです。マタニティ・ブルーという言葉は皆さんも聞かれたことがあると思いますが、多くの妊婦さん(15-35%)が、出産後に抑うつ・不安・涙もろさなどを呈しますが、多くは一過性でそのまま回復します。しかし、一部の方でうつ病の発症をみますが、これも10-15%と決して低い数字ではありません。ホルモンの大きな変化、育児や環境変化ストレス、授乳による不眠など様々な背景を考え、治療を考える必要があります。0.1-0.2%と少ないですが、新生児に対する妄想、幻覚などの出現をみる産褥期精神病の方もあります(以上、頻度は上述の脳科学辞典より)。いやいや、私も子どもの出産立ち会いましたが、女性は偉大ですよね。もう尊敬しかありません。これだけの大仕事ですから、人によってはその反動も大きいのでしょうね。うつ病など、疾患水準の方には薬物療法を含めた治療を行います。授乳については、最近知見が増えて抗うつ薬については乳児への安全性もわかってきています。ケースごとに、文献などを参考にご相談することとなります。
2つ目は更年期精神障害。いわゆる更年期にかかると、女性ホルモンであるエストロゲンがゆらぎながら徐々に低下していき、月経が終了に至ります。この時、身体の平衡状態に変化が生じ、ホットフラッシュと呼ばれる独特ののぼせ感、めまいなどの自律神経症状、そしてPMDDとも似た抑うつ、イライラ、情緒不安定などが見られます。この場合も、人によってはうつ病水準に至る方もあります。治療としては、うつ病水準になければ漢方薬や婦人科と相談してのホルモン補充療法などを検討し、うつ病水準であれば抗うつ薬をしっかりと使っていきます。

そして、出産・更年期に続く3つ目が今回のテーマ、PMS/PMDDです。上2者が一生の中でも限られた時期であるのに対して、月経は思春期の月経発来から更年期の閉経に至るまでの長い期間、毎月現れるものですから、人によってはかなり長い期間PMS/PMDDとお付き合いすることとなります。とくにPMDDはうつ病などのきっかけ(トリガー)となることもありますし、うつ病、双極性障害、パニック障害などいろいろな病気で、月経前の時期に症状が強くなるなど増悪要因となることもあります。治療としては、更年期精神障害と同様の考え方で、軽症であれば漢方薬(当帰芍薬散、加味逍遥散、桂枝茯苓丸という23番、24番、25番の並びを使うことが一般的です。ヒトによっては61番桃核承気湯なども)を試みますが、気分症状が強い場合はSSRI/SNRIなどの抗うつ薬や、双極性障害で用いられる気分安定薬(抗てんかん薬や非定型抗精神病薬など)が使用されます。
PMDDは、月経周期と関連した女性ホルモンのゆらぎにストレスや身体コンディションなどが重なって起きるものと考えられますので、より原因に近い治療としては低用量ピルを用いたホルモンコントロールがあります。

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しかし、わが国ではどうもピルに対する敷居が高く、国際的に見ても使用率が圧倒的に少ないのが現状です。欧州先進国は軒並み30%内外の女性が使っているのに対し、日本は3%程度(2019年の国連データによる:図も同じ)にとどまっています。欧米では薬局で簡単に安価に購入できるという理由もありますが、わが国でももっと使われていいと思います。「経口避妊薬」ということで避妊目的というイメージが強いかも知れませんが、PMS/PMDDを楽にすることでQOL(quality of life)を上げることも低用量ピルの大切な作用です。
ところで、月経は「生理」と呼ばれますが、「生理」というと「あって当たり前の生物学的プロセス」を指す言葉となります。医学部では、まず「生理」学にて身体の仕組みを学び、次に病理学にて身体に異常が起きる仕組みを学びます。どうも、生理(=月経)という言葉はあって当然、当たり前のもの、というイメージを強めている気がいたします。生理の語源については、「明治以降月経という言葉が一般化した時代に、その言葉を避けるために用いられた「生理的故障」という婉曲的な表現に由来している」(鈴木明子氏の論文による)とのこと。「故障」のほうが前面に出ていればまた印象が違ったかもですね。では、本当に月経=生理はあって当たり前のこと、なのでしょうか。ちょっと考えてみましょう。


Strassmanがアフリカ・マリのドゴン族で調査したところ、平均出産数が8.6±0.3回で、20-34歳女性で2年間調査したところ、その期間の平均月経回数は2回。彼女たちの生涯月経回数は約100回で、アメリカで3回出産を経験する女性の3分の1に過ぎないと計算されました。つまり、現代の先進国では女性は生涯に300回以上の月経を経験するが、それは人類の歴史から考えるとかなり特殊な状況ではないかということです。狩猟生活時代以降、近代に至るまで女性は妊娠しているか授乳している期間が長く、その間は月経は発来しないため、月経回数はずっと少なかった。女性の身体は本来そのようにできていて、月経は身体に負担をかけているということです。子孫を作ることが種としてのヒトの生物学的目的だとすれば、(厳しい言い方をしますが)月経はその失敗である、とも言えます。さらに進化精神医学的に考えるならば、月経=妊娠失敗の際にネガティブな症状=アラームを出すことにより、認知や行動を妊娠に向けていくという考え方も可能で、PMS/PMDDは種の保存という壮大な目的にかなった症状なのかも知れません。なおここでお断りしておきますが、進化精神医学、進化心理学は個々の人の心理や行動・目的ではなく、ヒトという種にとって進化の過程で遺伝子にプログラムされてきたメカニズムを扱います。女性に対する偏見や差別に基づく意見でないことはご理解いただきたいと思います。
さて、そのように本来のヒトからすると決して生理的ではない生理=月経。PMS/PMDDがあり、すぐに妊娠する意向がないのであれば、低用量ピルを使って子宮を休めておくことは理にかなっており、むしろそちらの方が「生理的」とも言えるのです。
※今回のブログは、進化心理学の旗手Ore Chang氏のツイート(@selfcomestomine)を参考にしています。


では今日の一曲。女性ネタで行きましたので、女声楽曲にしましょう。マーラーの交響曲第2番「復活」から第4楽章Urlicht「原光」です。ちょっとショックだったのですが、長らくこのコーナーやってるのにマーラー一回もやってないじゃないですか!私が一番敬愛する作曲家がブルックナー、そしてマーラーなのでこれは意外。何度かやったつもりでいたのですが、こことかこことか、まだ今日の一曲コーナー始める前でしたorz。

個人的には、マーラーの交響曲は完成度では6番、奥深さでは9番が至高と思っておりますが、一番好きなのはこの2番です。今回は女声楽曲ということでこの第4楽章を取り上げますが、いずれ全曲やらせてください。この曲を語りだすと長くなりそうですが(^_^;。マーラーの交響曲、序盤の2番〜4番は角笛交響曲と呼ばれ、「少年の不思議な角笛」という歌曲集の歌が使われています。この「原光」もそうです。この交響曲ではこの美しい旋律が、素晴らしいクライマックスを奏で上げる最終第5楽章の序奏として置かれ、高い効果を上げています。マーラーといえばバーンスタインしかない私ですが、この曲ではメゾソプラノのジャネット・ベイカーが素晴らしい。この世のものとも思われぬ美しい独唱をどうぞ。5分あまりですので、ぜひお聞きください。オケはロンドン交響楽団です。ではまた。


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