横浜院長のひとりごと No.367 診断は治療の侍女である

横浜院長の柏です。デルタ株による感染拡大が現実のものとなりつつあります。前々回のブログでご案内したとおり、ご通院中の多くの方は優先接種者にあたると思われます。SmartNewsアプリを使うと近隣クリニックの予約可能状況がリアルでわかりますので、こちらもご活用ください。皆さんが早くワクチンを接種されて、コロナ不安を下げることができればと思います。

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今日はNo.364に続き、研修医時代に指導医から頂いた金言のご紹介です。
「診断は治療の侍女である」
私はこう覚えているのですが、検索すると先輩の内海健先生は2012年の「こころの科学」誌に「診断は治療の下僕である」と書かれています。さらに検索を進めると、1992年の今はなき雑誌「精神科診断学」に「診断は治療の侍女であって主人ではない/ 臺 弘」とありました。臺(うてな)先生は私が入局した時にはすでにご退官されていた元東大教授ですが、臺先生の哲学は教室に強く生きており、その中での言葉だったのかと思います。内海健先生は東大分院のご出身なので「下僕」はそっちの方言(失礼(^_^;)かもしれませんね。
さて、以前にも書いた気がしますが、医師の仕事とは患者さんの診断をつけることと、治療を行うことです。これはどちらも大切な仕事でして、正しい診断がなければ正しい治療を行うことはできませんし、正しい診断をつけられても治療が下手ではそれも医師として不適格です。そのため、医師は診断学、治療学を二本の柱、技術の両輪として学び、両方をしっかりと身に着けなくてはいけません。ここで、いろいろな診療科がある中で精神科の特殊性について考えてみましょう。例えば内科であれば、何らかの体の不調があり内科医を受診、内科医は問診、視診、聴診、打診などから病気のあたりをつけ、血液検査、画像検査などを行い診断をつけます。治療は、その診断に従って標準治療が用意されており、(たまにトンデモ医もいますが)予定調和的に進められていきます。しかし、精神科では検査が診断の決めてとなることはむしろ稀と言えます。これは現代精神医学の限界ですが、アルツハイマー病やてんかんなどの器質性精神疾患、甲状腺疾患など身体因による精神疾患など、かなり限られます(しかし検査は重要であることはNo.364で書いたところです)。あ、Qなんちゃらだっけか、脳波で発達障害が診断できたら苦労しません。実際、精神科の診断プロセスはその多くが問診によります。不調の内容、程度、それが起きてきたプロセス、幼少以来の生育歴・生活歴、家族や周囲からの情報などをとくに初診時には丹念に聞き取り(なので初診にはお時間をいただきます)、診察室での様子(視診)、こちらからの問いかけ、働きかけへの反応などを総合的に判断して診断をつけます。診断は基本的にはアメリカ精神医学会の編纂したDSM-5に従いますが、これはあくまでも研究目的で作られたマニュアルなので、治療まで考えるとこれでは十分ではありません。そのためわれわれは従来診断と呼ばれる、歴史的にわが国で広く用いられてきている診断技術を並行して使っていくのですが、これはいろいろな流派があり、医局が違うと診断も違うということが以前はよくありました。しかし、DSMやICD(世界保健機構WHOによる診断基準)の普及により、以前のような極端な違いはなくなってきています。標準的診断方法を共通言語としつつ、各医局、各医師の文化に基づく診断技術、治療技術につなぐ。これが、現在のわが国の精神科医療の水準だと思います。前職の東京医科歯科大学では、患者さんの退院時サマリの病名はDSM, ICD, 従来診断をすべて併記するルールとなっており、若手医師の教育にも必要なことだと思っておりました。
かくして診断は大切なプロセスなのですが、しかし来院される患者さんが望まれることは、やはりきちんと元気になること。つまり、治療のプロセスです。極論すれば、診断は正しいが間違った治療しかできない(よくならない)医師よりも、診断は無茶苦茶だが治療が上手な(よくなる)医師の方が、かかった患者さんにすればよいわけですよね(まあしかし、トンデモ医師がたまたま「まぐれ当たり」した際に信者ができちゃうというのが、昔からある困った問題ではあります)。
よって、診断と治療、どちらも大事ですがどちらか、と言われればより大事なのは治療です。精神科の場合、(とくに発達障害の場合に多いですが)初診あるいは数回の診療では確定診断に至らず、再来を重ねる中で最終的な診断をつけていくことも少なくありません。この場合は、診断よりも治療プロセスが先に来ることになります。
医者というものは、どうも診断をつけないと安心できないところが本能的にあるものです。患者さんからも、とくに発達障害などで診断をつけてほしい、と来られた場合はなおさらですよね。とくに発達障害診療では、そこの「診断を保留する」力が求められます。ぐっと我慢して、治療的介入を続けながらしっかりと診断をつけていく。そう、診断はあくまでも治療の侍女であって、主人ではない、のです。

さて、今日の一曲のコーナー。私は今回のオリンピックには思うところあって、開会式の前半ちょっとだけは見ましたがあとは感染せず、じゃねえや、観戦せず、ひとり静かにショパンコンクールの予選に聞き入っております。ショパンコンクールは5年に1度開催される、ピアノ界最高位のコンクールです。オリンピックと同じく昨年開催が今年に延期されました。しかしこれだけの演奏がYouTubeで見放題とは、素晴らしい時代になったものです。予選の全演奏はこちらから見ることができますが、今日は予選を通過した3人の日本人の演奏をご紹介しましょう。



反田恭平。「ピアノの森」への出演通り、ショパンコンクール挑戦です。



かてぃん君こと角野隼斗。大学の後輩でもあり頑張ってほしい。



沢田蒼梧。なんと、名古屋大学医学部5年生とのこと。

上述のこちらには、ほかにも宝石のような演奏が並んでいます。なお、こちらのツイートからは、往年の巨匠たちによる予選課題曲の演奏も楽しめますよ。しかしYouTubeすごいなぁ。小遣いためてLPレコード買ってた少年時代と比べるとなんていい時代なんだろう。ではまた。

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