横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.412 くすりがない!

横浜院長の柏です。先日は大阪までポケモン狩り(ポケモンGOのイベント参加)に行ってきた柏先生ですが、最近は患者さんからピカチュウグッズをいただくことがあります。なんでポケモン好きとばれているのか謎ですが(右は診察室の様子)…。

さて、精神科医になって早35年が経過しているのですが、そんな私でも初体験なのが最近の薬の危機的流通状況です。これまでも、工場の不調などで特定の薬が一時的に出回らなくなることはありましたが、たいていは速やかに流通が戻り、それほど困ることなく経過していました。わが国の保険医療システムは素晴らしく、海外と比較して廉価かつアクセスフリーに医療を受けることができます。新薬の認可に欧米よりはるかに時間がかかるという難点はありますが、いったん認可されれば薬価は厚労省によって固定され、保険診療内ではぼったくりを受けることもありません。最近は新薬でべらぼうな価格のものもありますが、年月とともに薬価は下がり、後発薬が出るようになると格段に下がります。数十年の歴史があるような「古い」薬に関しては、きわめて安価な価格設定のものがたくさんあります。

そんなパラダイスのような状況がいつまでも続かない、ということが今回の事態で明らかになってきているように思います。そもそもが国民医療費は年々増大し、国庫を圧迫するまでになってきています。そのため、国は医療費改定のたびに薬価の引き下げを繰り返していますが、それは患者さんにとってはありがたい話である反面、流通サイドには大きなダメージとなる場合があります。

今回は、古い薬を中心に出荷調整が相次いでいます。そもそもは、後発品メーカー大手の製造品質問題が発端だったと思いますが、一部後発品メーカーが行政処分を受けてしばらく同社の製品が市場から消える→玉突き的に先発品や他の後発品が足りなくなる、という事態が起きていました。その後、ウクライナ問題や中国貿易問題など(すみません、このへんの事情はよく知らないので違っていたらごめんなさい)から、漢方薬の一部が品不足となりました。その後精神科領域の品不足が徐々に表面化し、定型抗精神病薬の不足もありましたが、現在足りないのは主に三環系抗うつ薬と抗パーキンソン薬です。三環系抗うつ薬は古いタイプの抗うつ薬で、ブログNo.391でも詳しく説明しています。現在はSSRI, SNRIなどの新世代抗うつ薬が中心ではありますが、抗うつ作用そのものは三環系のほうがしっかりしているところもあり、私のうつ病診療ではまだまだ欠かせない薬です。そうでなくとも発がん性リスクの指摘からアモキサンが市場から消え、ノリトレンも同様の指摘から自粛要請が出ている中で、最強の三環系とも言われるトリプタノールが出荷調整、トフラニール・イミドールも一部剤型で出荷調整/停止、アンプリットも出荷停止と目も当てられない状況です。四環系のルジオミールも出荷調整がかかっています。

これらの薬物は薬価も安く(トリプタノール10mg=9.80円、自立支援医療使ったら1円以下よね…)、また多くが先発品メーカーから後発品メーカーに移譲されていることもあり、こういう事態の際の回復力に限界があるようです。

抗パーキンソン薬(よく略して抗パ剤と呼ばれます)というのは聞き慣れないかも知れませんが、精神科領域では抗精神病薬=ドーパミンを遮断する薬物の副作用で、錐体外路症状(震え、体の動きが悪くなることなど)と呼ばれるものへの対策として使われるものです。パーキンソン病(これもドーパミン低下と関連しています)で使われるためその名があります。従来は、統合失調症の患者さんで抗精神病薬が必要だがどうしても錐体外路系副作用が出てしまう場合に広く使われている薬ですが、非定型抗精神病薬の開発、発売に伴い、以前の定型抗精神病薬と比べるとそうした副作用は起こりにくく、以前よりは使用頻度は減っています。それでもやはりそうした副作用が出る方に対して必要な場合はあります。非定型抗精神病薬は統合失調症に限らず、双極性障害やうつ病などにも保険適応があり、抗パ剤はより幅広く使われる可能性もあるのです。抗パ剤は、具体的にはアキネトン(ビペリデン)とアーテン(トリヘキシフェニジル)が双璧なのですが、現在どちらも出荷調整がかかっており、クリニック近辺の薬局ではどちらかが欠品というのが常態化しており、その時ある方を処方せざるを得ないのが実情です。同様に使うことのあるヒベルナ/ピレチア(プロメタジン)もやはり出荷調整中。統合失調症の方を中心に確実に需要のある薬なので、玉突き的に不足が生じるのは必然といえます。いずれどれもなくなったらどうするのか…考えるだけで頭が痛くなりますね。

なお、この問題は精神科領域だけではなく、抗生物質や呼吸器科薬など、感染症対策の基本となるような古典薬でも、さらには他科でも同様に不足状況にあると聞きます。日本精神神経学会はきちんと声をあげていただきたいし、厚労省もきちんと対策を打ち出し、保険診療のほころびが広がらないようにしてほしいものです。高齢化社会が進む中、これまで通りの国民皆保険制度を維持していくことは難しいのかも知れません。われわれ医療者も、今後の医療の在り方について考えていかなくてはいけない時代に突入しているように思われます。

今日の一曲は、シューマンのピアノ五重奏曲変ホ長調op.44です。マルタ・アルゲリッチのピアノ、弦楽はイスラエル・フィルのメンバーの演奏でどうぞ。当院はクリニック全体での夏休みはなく、医師ごとに夏季休暇を取らせていただきます。私自身は8/29(火)~9/2(土)の間お休みとさせていただきますのでよろしくお願いいたします。ではまた。

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