横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.343 未知との遭遇

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横浜院長の柏です。先日の昼休み、クリニック前にかのGoogleストリートビューの撮影車が停まっておりました。ずいぶん前に一度見かけたことあるんですが、その時よりだいぶ進化して格好良くなってた印象でしたね。
前回は、「近眼性」と題してADHDの認知特性の起源について私なりにまとめてみました。今日は別の視点からADHDの本質を考えてみましょう。それは、「発達の遅れとしてのADHD」です。2回前(No.341)に「ASDの子どもの脳は大きい」という話をしました。実はADHDでは、逆のことが知られているのです。つまり、ADHDの方では小さい頃は脳の容積が少なく、しかし年齢とともに定型発達の方と変わらなくなってくる、というデータがあり(Hoogman M et al., Am J Psychiatry 176:531-542, 2019)、他の研究でも概ね同様の所見が得られているのです。
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ちょっと見にくくてすみません。脳の各部位(皮質/皮質下)においてADHDの子どもではその容積が小さく、思春期→大人になるにつれて多くの部位で定型発達と差がなくなってくる、というデータです。さらに、ADHDの有病率(人口あたりの患者数)からも大事なことがわかります。ADHDの有病率、ざっくり言うと子どもでは人口比5%、大人では2.5%となります。あくまでもDSM-5の診断基準を満たすか、ということですが、大人になるまでに半分の方はADHDではなくなる、ということなのです。なんだか不思議な気もしますが、でもちょっと考えてみてください。小さな男の子。落ち着きなくて、動き回って、目についたものに手を出して、すぐに飽きて別のことを始める…これって、小さな子ども、特に男の子だったら普通のこと、当たり前のことだと思いませんか。そう、ADHDの特性というのは小さな子どもではごく当たり前のことなのです。成長とともにだんだん落ち着いていって、まわりをじっくり見て、よく考えてから行動するようになる。どうもADHDの方は、ここが定型の方よりゆっくり、のんびりしているようなのです。だが、先の脳容積のデータも示す通り、半分の方は大人になるまでにその発達の遅れを取り戻し、診断基準を満たさなくなる。残り半分の方が、特性として大人になっても困りごとが残ってしまう(人によっては、むしろ大人になってから困りごとが現れる)というわけです。
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赤ちゃんはこの世に生を受けると、未知の世界での生活が始まります。遺伝子に刻まれた本能を頼りにするとはいえ、まずは自分で世の中とは何なのか、体験しないといけません。この「未知との遭遇」で、まず行うべきことは探検です。いろいろなものを見て、感じて、吸収する。世の中がよくわかるまでは、一つのもの/ことにじっくり関わるよりも新しいことにどんどんチャレンジしていくことが大切でしょう。なので、小さい子供は多動で衝動的に動き、注意をどんどん広げていく(=手元は不注意)のです。しかし、だんだん世の中がわかってくると、今度は落ち着いて一つ一つの物事に取り組み、完成度を上げていく方が、生き残るためには都合がいいはずです。なので、定型発達の方は注意力を上げ(注意のゆらぎの幅を狭め)、多動衝動性をコントロールする術を身につけていくのです。横浜市の保健師さんたちは極めて優秀で、清水康夫先生や本田秀夫先生の尽力もあり1歳半検診でASDの子どもを見つけ出すようになっていますが、同じ発達障害でもADHDについてはそうした理由から、1歳半での診断は慎重であるべきなのです。3歳児健診にしても、もちろん特性が強く日常生活での困りごとが多ければ介入が必要ですが、成長過程との関連をよくみていく必要があります。国際的診断基準がDSM-IVからDSM-5に変わる際、ADHDの診断基準として発症年齢が7歳未満だったのが12歳未満にまで引き上げられた(つまり、幼稚園までに特性を確認する必要があったのが、小学校までになった)のですが、幼児期における診断をより慎重に行うべき、という視点もあったのではないでしょうか。
いろいろなものに興味を持ち、立ち止まらずに動き続ける(よくいえばワクワクが止まらない)この特性は、坂本龍馬のように乱世の英雄たりえたり、また以前No.279でお話したように、狩猟社会では有利に働く可能性があります。「発達の遅れ」という観点からは、ワクワク期の長い彼ら・彼女らは大器晩成型かも知れませんね。ADHDで来院される方は当然ながら困りごとが多くていらっしゃるわけですが、こうした利点・長所にも目を向けていけるといいなと思う次第です。
では今日の一曲。さきほど「未知との遭遇」という言葉が出てまいりましたので、映画「未知との遭遇」(Close Encounters of the Third Kind)サウンドトラックから。作曲は定番のジョン・ウイリアムズです。なお、今回出てきた図は昨年(2019年)新潟での精神神経学会での発表スライドのものです。それではまた。

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