
横浜院長の柏です。いろいろ追われて最近ぜんぜんブログを書けてないんですよね…。今、神戸での日本精神神経学会学術集会からの帰り道、新幹線から今回の参加記をアップすることにしましょう。なお、最近はX(旧ツイッター)が私の主戦場…じゃねえや…日常活動の場となっておりますので、そちらもご覧くださいませ(私のアカウントはこちら)。今年は自分の発表はなく聞くだけという気楽な参加でございました。
私たちは最後の昭和卒精神科医なのですが、われわれの時代はまだ学園紛争の名残が強く、この精神神経学会も荒れていた時代でした。研修医の頃はこの学会には行くなという雰囲気で、実は学会員になったのも専門医制度ができてからでした。調べたら専門医制度ができたのは2004年のようなので、精神科医になって(われわれの世代はいきなり専門研修でしたので…)16年たってようやく学会に入ったことになりますね。もう不惑になっていますな…。
しかし、その後はまじめに、ほぼ毎年学術集会に参加しています(昨年は、長男の大学院卒業式出席のための渡米と重なったので欠席しました)。クリニックではどうしても自分だけの世界となりがちなので、全国の精神科医の関心や、研究の進展の方向性をつかんでおくことはとても大切なのです。まあ、専門医維持のための単位取得という修行義務もあるのですが。

参加人数7千人とかいう(オンデマンドも含む?)巨大学会でして、今回は愛媛大学の主催ですが(写真は会場に来ていた愛媛のゆるキャラ「みきゃん」です)、おそらく愛媛県内というか四国内ではそれだけの人数を収容できる会場がなく(汗)、神戸開催になっています(なお来年はまたわが横浜・パシフィコノースです)。神戸では会場もAからQまで、さらに別にポスター会場もあるという、どこを見るかも悩ましいというか、もはやよくわからない(汗)状態です。多くの演題はオンデマンドであとから見ることも可能ですが、これだけ多くなるとそれもなかなか大変なのです。
個人的関心として、大人の発達障害に関する演題はずっと追っていますが、最近はそのフィールドで仕事をしているとトラウマの問題がどうしても重なってくるため、そちらの領域もなるべく見るようにしています。発達障害のトラウマ、みたいなドンピシャのシンポジウムもありまして、しかも満員立ち見状態だったりするので、世の中の関心もそちらへ向かっているのだなと実感できます。もはや、発達障害の臨床現場では問題はトラウマ絡みで起こってくる、ということが前提、というか自明の理とされているように思えました。『ASD=生来特性+Σ(トラウマ)』(村上伸治先生)ということですね。ますます、臨床家としてトラウマを避けて通れない責任を強く感じた次第です。さて、トラウマに気づく、トラウマを重要に扱うことが大切というこのメインの論調ですが、しかし他のシンポジウムではトラウマは初診時には語られず、あとから語られるとのお話もあり、それはそうなのでわれわれとしては常にトラウマについてはアンテナを張り、語りが出た時にいかにそれを大切に扱っていくかということなのでしょう。語られたトラウマがその場で扱われない(気づかれない)と、あるいは軽く扱われると、二度と現れることがなくなってしまいます。治療者は責任をもって対応する必要があるのです。
精神医学の進歩も感じられました。うつ病の治療では、幻覚キノコとして知られるマジックマッシュルームの成分であるシロシビン、これは強力なセロトニン2A受容体のアゴニストとのことで、どうやら脳のデフォルトモードネットワークを破壊し(ホンマか…)脳のネットワークをリセット、新たな神経回路を作るとかなんとかで、否定的・硬直的なうつ病のぐるぐる思考からの脱却を図ることができるらしいとのこと。幻覚薬ですからリスクもあるわけですぐに臨床応用は難しいでしょうが、欧米では臨床応用に向けてかなり進んできているようです。生物学的研究の進歩も目を見張るものがありましたが、さらにはデジタル医療、計算論的精神医学など新たな視点からのアプローチもかなり進んできており、今後に期待が大きいところでした。
また、身体症状症(身体表現性障害)、変換症(転換性障害)領域でも複数のシンポジウムが開かれていました。個人的には、先日HPVワクチン訴訟での被告側証人としても活躍された、帝京大教授で脳神経内科の園生雅弘教授による機能性神経障害(FND)についてのお話がヒットでした。われわれが変換症、転換性障害と呼び、けいれんや異常感覚などの神経学的症状を訴えるが身体科的に異常を認めないもの、としてきたものを現在脳神経内科領域ではFNDと呼んでいます。DSM-5において、神経学者のStoneの参画により変換症において、心理的葛藤の存在が診断基準からはずされ、かわりに神経学的に説明できない徴候=陽性徴候の存在が必須となりました。「転換」「変換」というとなにか心因が症状に「転換」「変換」されたように聞こえますが、実はこれはフロイトの流れを重視したものであって、その十分な証拠がないことが明らかになってきたわけです。陽性徴候とは、たとえば神経系の解剖学的な分布に一致しない感覚や運動で、園生先生たちはそのための新しい診察方法も考案されています。サルピトリエール病院でシャルコーの弟子バビンスキーたちが神経学へ、フロイトたちが精神医学へと別れていってしまったその歴史を、ここでつなぎ直すことができるのではないか、といった妄想まで浮かんできてしまうほど私は興味深く話を伺いました。

三日間しっかり勉強してお腹いっぱい。神戸からの帰り道は、三宮から北野坂を上り、北野坂にしむら珈琲店で素敵な雰囲気の中美味しい珈琲をいただき、そのまま北野町の異人館街を散策して新神戸まで歩くのがいつもというか、ASDばりのワンパターンルートとなっています。そのまま帰りの新幹線でこの文章を書いている次第です。
さて、最後は今日の一曲で締めたいと思います。6月17日、学会開始前日に名ピアニスト・アルフレート・ブレンデル94歳で亡くなった、と報道がありました。ドイツ古典派弾きの雄として私も子どもの頃から聴いてきたブレンデル。彼の演奏で、私も子どもの頃に練習したベートーヴェンのピアノソナタ第19番ト短調作品49-1を聴いて追悼しましょう。ではまた。
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