横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.137 判断を手放す

横浜院長の柏です。4月になり、当院も7年目に入りました。さて、うつ病の症状論(一覧はNo.125参照)もいよいよ最終回。オオトリの9番目は希死念慮、自殺企図という重大な項目です。この項目を書くにあたっては、私の方も襟を正さないと書くことができません。今日は真剣勝負のつもりでこのブログを書いています。
人は強い症状に襲われたとき、そしてそれに立ち向かう力が足りなくなったとき、そこから逃げたいという気持ちが出てきます。これはある意味当然のことで、動物は危機に瀕したとき、戦うか逃げるかという戦略を取ります。逃げるというのは本来有効な戦略なのですが、問題なのはこの場合、相手(うつ)が自分の外ではなく中にいるため、逃げる場所がないということです。だから死ぬしかない、となってしまうわけですが、これはうつに限らず、統合失調症の迫害的な幻聴や被害妄想、境界性パーソナリティ障害における強烈な見捨てられ不安など、精神科領域のいろいろな疾患で起こりうることでもあります(そのため、特異度が低くなり、希死念慮は一番大切な症状であるにも関わらず、最後の9番目に記載されています)。
どこにも逃げ場がない、と思った時、もう生きていたくない、死んでしまいたい、という気持ちは分からないでもありません。しかし、当たり前のことでありますが、死んでしまえばそこでおしまいです。もう、どうやってもやり直すことはできません。強烈なうつに襲われている時、そういう時は世の中すべてのものが悪く感じられてしまうし、またこれまでの人生でも何もいいことがなかったように思ってしまいます。しかし、それはうつが作り出した「幻覚」なのです(重症うつ病が精神病とされる所以です)。うつになりエネルギーが枯渇すると、すべての認知が悪い方へ向き、すべてを悪く映し出す「うつの眼鏡」を通してしか世の中が見えなくなってしまいます。本当は、世の中捨てたもんじゃないし、これまでだって、それは悪いこともあっただろうけど、いいことだってたくさんあったはずです。生きていれば、生き延びてさえいれば、これからもいいことはたくさんあるし、いろいろな貴重な経験をすることができるはずです。うつの真っ最中にいると、なかなかそう考えることは難しいと思います。しかし、ここをくぐり抜けた方は皆さん、あの時に死ななくて本当によかった、とおっしゃいます。これは真実です。
とにかく、生き延びてほしい。
今日私がお伝えしたいことは、この一言に尽きると思います。
さて、さきほど私は「動物は危機に瀕したとき、戦うか逃げるかという戦略を取る」と書きました。しかし、本当は第3の戦略があります。それは、「やりすごす」という戦略です。うつのものすごい嵐が吹き荒れていて、身動きが取れない。そういうときは、じっとしているのが一番です。下手に動かず、じっとして、嵐が去るのを待つのです。その時大切なことは、「判断しない」こと。人は危機に瀕すると、どうするか決めないといけない、判断しないといけない、という不安に襲われるようです。でも本当はそんなことはなくて、判断を保留すること、すなわち「判断を手放す」こと、これもとても有効な対処方法なのです。何もしないでいても、そのうちに嵐は過ぎ去ります。そこまで生き延びること、それが何よりも大切なことです。
神よ、判断を手放す力を皆に与えたまえ・・・「ニーバーの祈り」風に書くとこうなるでしょうか。
うつは「治る病気」です(この「治る」という意味については今後書いていきます)。なんとか生き延びること。それさえできれば、何とかなります。今、生きているのがつらくなっているあなたの心に、この文章が少しでも届くことを願っています。
今日の一曲、今日のテーマに合うのはこの曲しかないでしょう。やなせたかし先生の歌詞、じっくり聴いてみて下さいね。

コメント

  1. パパゲーナ より:

    こんにちは、柏先生。私も厳粛な思いで今回の先生の解説を拝読させていただきました。
    心身共に厳しい急性気を濃厚な治療を受けることで乗り越え、その後も注意に注意を重ねながら大きな大きな楕円を描きながら、日々ミリ単位で上がったり下がったり。ドクターと二人三脚で進むことは勿論、精神保健福祉士さんとも強く結びついて、行政の制度や、社会資源をフルに利用して生活面や環境も整えて行く。その間に沢山の葛藤があるけれど、やはり精神医療に携わるプロの方々に相談しながら、一つ一つ乗り越えていく。新しい自分に生まれ変わっての人生の航海となっていく。その時少し誇らしい気持ちになったりするのは、うつ病がくれるささやかな〝おつり”なのかもしれません。
    〝うつは治る病気”と、柏先生に言われると希望がもてますが、それ以外の人にそのセリフを言われるとムカッ!!っとなるのは、反復性うつ罹患者のヒガミでしょうかネ(笑)

  2. 隊長 より:

    「判断しない」 これいいですね。 なにかと理屈つけてしているので、そのままにしておくというのは有効だと思いますのでそうしてみます。
    今回も考えさせられます。
    「生きていることは素晴らしい」とよく聞きますが、辛いことがあるからこそなのでしょうね。
    「治る」と信じてます。

  3. いちご大福 より:

    最近気落ちしてるようで…この記事何度も読み返してます。
    またお話します。
    いつもありがとうございます。

  4. 横浜院長 より:

    みなさま
    なかなか深刻なテーマでしたが、みなさんしっかり受け止めて下さっているようで安心しました。今後ともよろしくお願いします。

  5. まねきねこ より:

    今回の先生のお言葉は胸にしみました。心のお守りにします。あのとき死ななくてよかったと、そう思える日がいつか来ると信じて。2月のOD以来、何とか順調に回復してきたのですが、ゴールデンウイークに嫌なことが起きて、吐き気と下痢と熱が出て寝込んでしまいました。もちろん、精神面はグダグダ。精神面のダメージで体までこんなに悪くなるのかと正直ショックでした。主治医の先生が吐き気止めを出してくださったのがバッチリ効いて、少しでも食べられるようになったら心もしっかりしてきました。結局食べると言うことは胃に食べ物を入れることばかりじゃなくて、そこから脳に力を与える栄養が吸収されるわけなんですね。朝ご飯を食べなさいlと言うのもそういう事なのか。と改めて思いました。いつも朝はヨーグルトだけなので。