横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.396 アモキサン

横浜院長の柏です。先日、三環系、四環系といった古い抗うつ薬のご紹介をしたばかりだったのですが、このタイミングでファイザーからアモキサン®(物質名アモキサピン)の発売中止予定の連絡が入りました。来年2月に出荷停止ということですので、春には市場から消えてしまうものと思われます。
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アモキサピンは改良型の三環系抗うつ薬(4つ目の亀の子も見えますが、基本骨格の部分が三環なので三環系となります)でして、合成されたのが1963年とのことなので私と同い年のようです。わが国では1981年に発売されています。この薬は三環系の紹介のときにも取り上げようか迷って数のこともありあきらめたのですが、抗うつ薬としては非常に有用性の高い薬でして、私は現在でも相当数の患者さんに処方継続中です。三環系の中でもちょっと毛色の変わった効き方をする薬で、抗精神病薬と似たドーパミンD2受容体遮断作用も持っていることが特徴とされますが、かといって私自身はこの薬を統合失調症のうつ状態や妄想性うつ病に積極的に使ったわけではありません。私にとってアモキサピンは「速効性があり、しっかりした抗うつ作用(とくに賦活作用)を持つ抗うつ薬」といった位置づけでして、三環系では以前ご紹介したノリトレン、ルジオミールと並んで切り札的な存在です。三環系である以上、口渇や便秘といった副作用はありますが、副作用が目立たない人には福音ともなりうる薬です。また、意外と不安障害圏の方にも効果が高く、全般性不安障害やパニック障害などでこの薬に助けられている方もあります。先のブログでも引用した「抗うつ薬の選び方と用い方、渡辺昌祐・横山茂生、新興医学出版社」にはこうあります。
アモキサピン:精神運動抑制や抑うつ気分などの抗うつ作用、賦活作用は強く、二重盲検比較試験においても、抑制症状に最大の効果があり、反面、不安、緊張、自殺念慮などにもイミプラミンよりも効果があったと記載されている。有効率も80%とイミプラミンの64.9%より優れており、また抗うつ効果の速効性、自殺念慮に対しても速効性があるとの報告もある。
ストールのPrescriber’s Guideによると、アモキサピンの作用は

  • ノルアドレナリン神経伝達を増強する
  • ノルアドレナリントランスポーターを阻害する
  • 前頭葉では上記作用によりドーパミン神経伝達を増強する
  • セロトニン再取り込み阻害よりノルアドレナリン再取り込み阻害作用が強い
  • 高濃度ではセロトニン神経伝達を増強する
  • ドーパミンD2受容体を阻害して精神病の陽性症状を減ずる

とあります。薬理作用としてはN>SのSNRIであり、最強の新規抗うつ薬であるサインバルタ®と似たプロファイルでしょうか。同じSNRIのイフェクサー®が低濃度でセロトニンを、高濃度でノルアドレナリンを増やすのとは逆ですが、抑制症状への効果、賦活というのはやはりノルアドレナリンが関わるところでしょうから、これは「しっかり元気にするくすり」という私の感触と一致します。私もよく使いますが、ベテランの先生には結構ファンがいて、私がお世話になった某K元教授もよく処方されていましたっけ。
このような重要なくすりなのですが、先の通知によると「発がん性のリスクがあるとされるニトロソアミン類を含有していることが判明致しました」とのことでした。「リスクがある」にさらに「とされる」までついており、なんとも曖昧な表現ですね。ニトロソアミンはハムやソーセージなどにも含まれており、そのことでそのあたりの加工食品に注意喚起されることはありますが、といってハムもソーセージも市場から消えているわけではありません。アモキサン®(ここからは商品名で記載します)は、最近では初診からいきなり出すことはないわけではないですが少なく、実際はSSRI, SNRIなどの新規抗うつ薬を十分量使って効果が不十分なケースに使っている方が多いわけです。効果不十分であれば副作用もあるし漫然と出すことはまずない薬ですから、現在処方されている方はほかの抗うつ薬で十分な効果が得られず、アモキサンでようやく症状が落ち着いた方が実際多いと思います。なので、ここで突然アモキサンが市場から消えるのは、当該患者さんにとっては由々しき問題です。アモキサンにはジェネリックがなく、ファイザーに問題回避のために何らかの手を打っていただけないと、このままアモキサンが永遠になくなってしまう、という考えたくもない事態となってしまいます。実は抗精神病薬のピーゼットシー®(トリラホン®、ペルフェナジン)も現在同様の事態となっていて、こちらも困っている次第です。
製薬会社各社は、薬というものはそれを使うことでようやく健康を保っている患者さんがたくさんいることを考え、市場主義の見地のみに立たずに物事をご判断いただきたいと強く願いたいです。
現在アモキサンを服用中の方におかれましては「発がん性のリスクがあるとされるニトロソアミン類を含有している」がために直ちにやめなくてはいけない、とは私は考えません(ハムを食べながらこちらをやめる意味はない)。市場から消える段階となってきたら、他の抗うつ薬(三環系中心ですが、それ以外も含めて代替案を各自考えますのでご心配なくです)への変更を行いましょう。それでもアモキサン服用がご心配でしたら早めの変更を行いますのでお知らせ下さいね。
今日の一曲は、ショパンのワルツ嬰ハ短調作品64-2をキーシンのピアノでどうぞ。この嬰ハ短調という調号がいいんだよねぇ。。。ではまた。

コメント

  1. 北九州トラ子 より:

    毎度、貴重な配信有難うございます。コロナ渦にて、様々な勉強会、集団会が滞っており、精神科の最新の情報や自身の興味のある分野の勉強がおろそかになったり様々な影響がある中、先生の配信が日々の精神科診療の励みになっております。いつも楽しみにしております。お忙しいとは思いますが、今後ともよろしくお願いいたします。

  2. 吉本啓一郎 より:

    柏先生のひとりごとを毎回、楽しみに拝聴させていただいております。
    アモキサンことで悩んでおりましたが、先生のコラムを読ませていただいて、頭と気持ちが整理できました。
    私もアモキサンをたくさんの患者さんに処方中でありまして、ご説明、切り替えをどのようにしようかと大変に悩んでいたところです。今後は先生のコラムを参考にさせていただきたいです。柏先生、ありがとうございます。本当に前方から光が差してきた気持ちです。
    アモキサンというと、村崎先生のご講演で有名ですが、私は森信繁先生から教えていただいて、うつ病へのしっかりした薬効と即効性に頼ってきました。いまはサインバルタ、イフェクサーがありますから新しく処方することは減っていますが、アモキサンのように少量から高用量まで、効果に変化をつけられるお薬がなくなることは残念です。
    嬰ヘ短調のワルツは沁みいってきますね。今回柏先生ご推奨映像もよく観ますし、ホロヴィッツのを聴いています。
    これからも先生のひとりごとを楽しみにしておりますので、よろしくお願いいたします。

  3. 横浜院長 より:

    北九州トラ子さん
    コメントありがとうございます!お返事遅くなってすみません。ちょっとブログサボりがちだったのですが、お言葉に勇気をいただきました。台風大丈夫だったでしょうか。こちらこそよろしくお願いいたします。

  4. 横浜院長 より:

    吉本先生
    高知ではお世話になりました。やはり先生もアモキサンの方多そうですね。中には今回の発表で早く替えてほしいとおっしゃる方もあり、試行錯誤をはじめております。今後ともブログともどもよろしくお願いいたします。