横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.403 先を読む、風を読む

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横浜院長の柏です。私ごとですが、先週2月28日に無事還暦を迎えました。小学校、中学校の頃のこともつい先日のように思い返すのですが、時の経つのは早いものですね。研修医の頃すごいなーと思った医局の先生方より年が上になってしまい(当時は60歳定年でしたからね)、自分の立ち位置を改めて考えてしまいますね。(イラストは例のいらすとやで「還暦」と検索したものですが…うーん今どきの60歳はこんなに老けてないゾヽ(`Д´#)ノ
そんなわけで、私は大学を出てから精神科医として(当時は初期全科研修とかありませんでしたので)もうすぐ35年ということになりますが、自身の精神科医としてのあり方を振り返り、そこから「優れた精神科医とはなにか」というテーマを、改めて自分なりに考えてみたいと思います。
正しい診立てを行う、薬物療法に精通している、精神療法を適切に行える…このあたりはもちろん優れた精神科医の必要条件ですが、じゃあそれらができたら優れた精神科医なんでしょうか?私は、それではなにか大事なものが足りないと思うんですよね。ではその足りないものは何か。優れた精神科医になるためにはあと何が必要なのか?正解はいろいろあるとは思うのですが、今回は私が考える二つのポイントについて書いてみることにしましょう。
まず一つ目は、先を読む力、想像力です。人生の嵐に巻き込まれて来院された患者さん。この先、どういう経過が予想されるのか。治療を受けることにより、それがどう改善されるのか。一週間後、一ヶ月後、一年後にそれぞれどうなっているのか。精神科医は治療開始にあたり、まずこうした見通しについての仮説を立て、再来のたびにその仮説の検証・修正を重ねていきます。さらに言うなら、この人が病気にならなければどういう人生を辿ったのか。この人が、このタイミングで病気になったのはなぜか。それにはどういう意味がありうるか。このあたりをしっかりと考えて治療にあたることができるのが優れた精神科医ではないでしょうか。
人生の嵐の海に投げ出された患者さんは、今自分がどこを泳いでいるのか、いつになったら岸にたどり着けるのか、何もわからずにいます。それはそうです、人生初の体験ですからね。自分に何がおこっているかわからない、これからどうなるのかわからない、不安にならないわけがない状況です。こうした時にその患者さんに寄り添い、「嵐の中の灯台」となって今いる場所をきちんと伝え、これからの回復への旅路についてこのコースをきちんと説明することが、患者さんの不安を取り去るために必要なことです。そしてそのためには、精神科医自身がこれからどうなるかの的確な予想ができることが必要条件なのです。
そして二つ目は、風を読む力、治療の流れを読む力です。嵐のピークから始まる治療は、順調にまっすぐ進むものではありません。うつ病であれば回復の流れは三寒四温(No.039参照)、よくなったり悪くなったりを繰り返します。意欲も気分も上がらず休職開始。最初は動く気にならず一日布団の上にいますが、そのうちにふと身体がそれまでより軽く感じ、少し動いてみようという日が出てきます。しかしまだ無理はきかず、少しずつ少しずつ、機を見て折を見て行動半径を広げていく。健康な人であれば疲れていれば休み、元気になれば動き出す。しかし、病的な状態にある人の場合、このあたりの加減がご本人でもつかめないことが多いのです。そんな時、精神科医はご本人の羅針盤になり、風見鶏になってその時々の風を読みます。嵐が過ぎ去り無風状態となり、そこから新たなそよ風が吹き始める、そのタイミングをきちんと捉え、今何をすべきか、すべきではないかを判断し伝える。統合失調症であれば、幻覚妄想・精神運動興奮と症状が跋扈する急性期を抜けて、しばらく続く消耗状態。十分な休息が必要ですが、これも数ヶ月たってそこから抜けてくるタイミング、新たな活力の息吹が蘇ってくるのを的確につかみ、リハビリテーションにつなげていく。こうした風を読み、適切なタイミングをつかむことは熟達した精神科医に求められる技量です。早すぎても、遅すぎてもうまくいかないのです。一流の農家が種まきや餌やり、収穫などをその年の天候にあわせて的確に行っていくこと、母親が育児で子どもが伸びたいタイミングで十分な働きかけをして子どもの力を伸ばしてあげることなど、これはあらゆる事象につながることかも知れませんね。
このように、先を読み、風を読む。35年間、精神科医としてこれらのことの大切さに気づき、これらを求めてきました。経験値が上がった分、若い頃よりはそこに近づいているとは思いますが、まだまだ修行の最中です。これからも皆さんの先を読み、風を読みつつ日々の臨床にあたって行きたいと思います。まだまだ若いつもりですからね(^_^)。
では今日の一曲。ラヴェル「古風なメヌエット」をツーバージョンでどうぞ。
まずは、ブラド・ペルルミュテールによるピアノ版です。


こちらは、アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団によるオーケストラバージョンです。どちらもいいですねぇ。ではまた。

コメント

  1. m.yun より:

    ご還暦おめでとうございます。
    ラヴェル、素敵です。
    久しぶりに聴く。
    ピアノの音色に癒され、オーケストラの沢山の楽器が歌い合う様に奏でられる音に胸が震えました。
    ASD.ADHD.反復性鬱.PTSD、52年間なんとか生きながら精神疾患のデパートが出来上がってしまいました。
    良いお医者様に巡り会えず、現在は家から出る事も怖くなり通院も辛い状態です。
    何度も何度も、沢山の病院のクチコミを見ては、転院すら怖くて溜め息を付く。
    初めましての恐怖と、新しい病院へ行く度これまでの経緯を繰り返し伝える事の苦しさ。
    また今日も眠れず朝を迎えて。
    柏先生のブログに辿り着きました。
    精神疾患の患者に、ちゃんと寄り添ってくださるお医者様がいらっしゃる事に驚き、そして診て頂ける患者さんは本当に幸せだなぁっと羨ましくなりました。
    柏先生のブログをもっと拝見したいのですが、先生に診て頂きたい思いが大きくなるので止めておきます。
    私は、めっぽう運が悪いので貴院の扉を叩いたとしても、柏先生とはお会い出来ないと思っています。
    今年、大学生になる息子も遺伝したのか、ASD.ADHDと診断を受け生き辛さを抱えています。
    息子がまた壊れそうになった時は、貴院の扉を叩かせて頂こうと思います。
    こんな歳になり配偶者から去られ、資格取得し勤めに出るも不遇な事に遭い、自身に生きる価値も見い出せないのに援助を受けながら生きなければならない情けなさ。
    自立したいと頭だけは焦るのに、心と身体が動きません。
    金縛にあってる様です。
    良いお医者様に出会えるのが先か、私の精神状態が完全崩壊するのが先か。
    勇気を振り絞って一か八か貴院の扉を叩ければ良いのですが、今の私には余力がありません。
    どうしたら良いのか‥
    柏先生の患者様への向き合い方、そして素敵な音楽への感動をお伝えしたかっただけなのに‥
    ツラツラと申し訳ありません。
    私の一歩を踏み出す勇気と先生とのご縁がありましたら、その時は宜しくお願い致します。

  2. 鷹ちゃん より:

    ご還暦おめでとうございます。

  3. 横浜院長 より:

    m.yunさん、鷹ちゃんさん
    コメントありがとうございます。管理者ではないので今頃気づきまして失礼しました。
    >m.yunさん
    いろいろおありのようですね。状況をかんがみ、距離的に無理がないようであれば、少々お待ちいただけるなら私が一度お話を伺うことは可能ですので、当院受付までお電話いただきブログで連絡した者だとお伝え下さい。