横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.404 タイミング

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横浜院長の柏です。ひと月ぶりの更新となってしまいました。桜も満開を過ぎてもう終わりそうですね。さあ、皆さん外へ出て花を愛でましょう。日本のこころ、美しい桜の花が見られるのは一年のうちでも今だけですよ。さあ、外へ出てみましょう。
さて、去る3月24日金曜日、Eテレにて「あしたも晴れ!人生レシピ」という番組で「うつ病と向きあう」という回が放送されました。皆さんご覧になりましたか?
番組の案内には、
『コロナ禍で増えているといわれる「うつ病」についてとりあげます。きっかけや、あらわれる症状とは?回復に向かうために必要なこととは?スタジオで専門家が解説。また、自分の考え方のクセを見つめなおす認知行動療法で、症状が改善に向かった人のケースも紹介。ポイントは自分と向き合うこと。自分の内側からわいてくる喜びを大切にすること。安藤和津さんが、介護から発症した自分のうつ病の体験と、回復へのプロセスを語る。』
とありました。前半では、長年薬物療法を続けたがなかなかうつ病が回復しなかった男性が、メンターの元で薬を離脱し、そのアドバイスを受けてうつ病から立ち直るエピソードが語られました。番組中で慶應義塾大学の三村教授も話されていた通り、うつ病に対して抗うつ薬の効果が得られないケースが3割はあるとされています。うつ状態であっても実際は身体疾患が隠れている場合もあれば双極性障害などの他の精神疾患である場合もあり、それらの場合は治療方針が異なってきますので一概には言えませんが、抗うつ薬を中心とする既存の薬物療法では十分な改善が得られないケースがそこそこあることは事実です。2種類以上の抗うつ薬を十分量、十分期間服用しても改善しない場合を難治性うつ病といいますが、そうした場合にはmECT(修正型電気けいれん療法)やrTMS(反復経頭蓋磁気刺激療法)といった物理的治療法や臨床心理士による認知行動療法などの手法による心理カウンセリング、環境の見直しなどが標準的な方法論としてはまず考えるところとなります。十分な効果が上がっていない薬をやめるべきかどうか、番組では主治医に内緒で中止されていましたが、それは番組でも話されていたように現に謹んでいただきたいところであり、まずは主治医とよくご相談いただきたいと思います。よくなっていない中での薬物の中止は、下手をすると病状がさらに悪化する可能性も否定できないので主治医の指示の下慎重に行うべき作業でありますが、といって本当に効いていないのであれば投与するだけ無駄なことなので、そこはゆっくりと漸減してゼロを目指していくことは、もちろんその方その方の状況にもよりますが、私はアリだと考えます。
番組では、楽しむことを始め、それから昼間の散歩、アルバイトと続けて行っていくことで回復する様子が示されます。「何もしなければ何も変わらない」ことが語られ、それは事実ですが治療の流れとしては注意しなくてはならない点もあります。
そもそも、うつ病は薬だけではよくなりません。薬はうつ病にてこんがらかった脳の配線を落ち着かせ、「うつ病モード」から「通常モード」に遷移させる触媒のような働きをするとともに、その「通常モード」を維持する働きもある、うつ病治療の中心となるものです。しかし、中等度以上のうつ病治療では、薬物療法は必要条件ではありますが十分条件ではありません。
治療の前半、うつ病の力が強く消耗が激しいときにはまだ無理をしてはいけません。この時期はとにかく休養第一。じっくりとエネルギーがたまるのを待つ時期です。そして、エネルギーがたまると自然に少し動きたくなってくる。少し散歩をしてみるとなにか心地よい気分を感じる。このタイミングをはずさないことがとても大切なのです。まだ十分にエネルギーがたまっていないのに焦りなどから動いてしまうと、当然ながら十分動けないまま消耗し、またダウンしてしまいます。これを繰り返してしまうと、動くこと自体が怖くなります。そして、本来は十分エネルギーが溜まっているにも関わらず動くことができず、適切なタイミングを失ってしまうことになります。この動くタイミングは、早すぎても遅すぎてもうまくいかないわけでして、優れた治療者とはそのタイミングをきちんと捉える力を持っている人だと思います(前回ブログ参照)。
今回の場合はどうでしょうか。番組では、この男性が復帰を急ぐがあまり再燃し、その後長らく低空飛行が続いていたことが語られます。長年の経過の中である程度エネルギーは回復していたものの、再燃のトラウマからなかなか動くことができなかった様子が伺えます。そんな中、メンターの指示で散歩をしてみるという一歩を踏み出せたことが(実際には少々遅かったかも知れませんが)動くにはよいタイミングだったのかも知れません。つまり、この方の回復にはまずエネルギーの十分な回復までの十分な時間が必要だったわけで、治療初期にメンターの言う通りに動いてもうまくいかなかったのではないでしょうか。この方の場合はよきタイミングでのこのメンターの言葉が「触媒」の働きをして「うつ病モード」から「通常モード」に遷移を促したものと考えられるのです。
番組の後半では、認知行動療法による回復のプロセスが紹介されました。番組に登場していた臨床心理士は、当院と連携しているこまち臨床心理オフィスの平松心理士です。次回、この認知行動療法についてお話しましょう。
さて、今日の一曲はチャイコフスキーにしましょう。ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35をマキシム・ヴェンゲーロフのヴァイオリン、ユーリ・テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルク・フィルハーモニーの演奏でどうぞ。このロシアの交響楽団を日本で聴くことはもうないかも知れませんね。ヴェンゲーロフもまだ若いのですが、最近はあまり演奏活動をされていないようで残念です。ではまた。

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