横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.327 うつ病ウイルス

横浜院長の柏です。新型コロナでウイルスの存在が注目されているこのタイミングで、東京慈恵会医科大学の近藤一博教授らのグループから、うつ病とヘルペスウイルスの関係について調べた論文が発表されました(NHKサイト)。ヘルペスウイルスは多くの人に住みついていて、皆さんの中にも口唇ヘルペスや性器ヘルペス、水疱瘡や帯状疱疹などで苦しめられた方もあるでしょう。脳から直接出てくる脳神経がやられることもあり、代表的なのが顔面神経麻痺(ベル麻痺)ですね。これは原因不明と言われることも多いのですが、その多くはヘルペスウイルスが原因ではないかと言われています。私も、もうだいぶ前になりましたがおそらくコイツにやられたせいで脳神経の下の方(舌咽神経〜舌下神経)あたりの麻痺が突然起こり、しばらくお休みしてご迷惑をおかけしたことがありました(今でも実は声帯などに麻痺は軽度残っていますが、日常生活には不自由ありません)。ヘルペスウイルスは神経細胞に住み着く習性があり、普段は大人しく眠っているのですが、ストレスがかかるなどして抵抗力が落ちると暴れはじめ、上記のような病気を引き起こします。病気が治ってもウイルスは神経細胞に住み続け、なんかのはずみでまた暴れると病気の再発となります。帯状疱疹とか、何度も起こすことありますよね。
このヘルペスウイルスがうつ病の引き金になっているかも知れない、というのが今回の論文ですが、実はウイルスが精神疾患と関係しているのではないか、という考え方自体は以前からありました。ボルナ病ウイルスというウマに脳炎を引き起こすウイルスがあり、私が研修医の頃は統合失調症との関連が疑われていました。最近では自閉スペクトラム症との関連について調べられているようですが、いずれもまだエビデンスレベルは低いようです。また、統合失調症は冬生まれに多いということが知られており、母親のインフルエンザウイルス感染との関連については一定のコンセンサスが得られています。うつ病についてはこれまでウイルスとの関連がトピックになることはなかったと思いますが、「よくあるウイルス」としてのヘルペスウイルスと「よくある精神疾患」としてのうつ病の組み合わせに、私は虚を突かれた感がありました。これは意外と「アリ」かもな、と思いながら論文を読みます。
ヘルペスウイルスにはいろいろな「型」がありますが、彼らはHHV-6B(ヒトヘルペスウイルス6B型)という型に注目しました。HHV-6Bは、乳幼児に突発性発疹という、高熱と発疹をおこす病気の原因ウイルスで、感染後脳内に潜伏しています。彼らは、HHV-6Bが作り出すSITH-1というタンパクを見出し、このSITH-1を過剰発現する遺伝子改変マウスがうつ病様の行動変化を起こすこと(機能としてうつ病と関連しうること)を示しました。そしてSITH-1に対する抗体価(正確には、SITH-1およびこれと結合するCAMLタンパクとの複合体への抗体価)が高い(つまりはそのタンパク複合体を持っている可能性が高い)者の割合がうつ病患者群で79.8%, 対照群で24.4%とオッズ比12.2倍、正診率77.7%にてうつ病患者群と対照群とで差があることを示しました。これが本当なら、SITH-1の抗体価を調べるだけで、かなりの感度でうつ病を見分けることができることになります。彼らも考察で述べているように、大規模遺伝子調査にてもうつ病ではオッズ比が1.2を超えるものは見つかっておらず、この結果は追試される必要があります。しかし、SITH-1はウイルスの遺伝子から作られるものでヒトの遺伝子には存在しないことを考えると、ウイルスなど外来因子の研究は、ヒトの遺伝子研究だけではわからない事実を明らかにできる可能性があります。夢が広がりますね。
もともと、近藤教授らのグループは疲労の研究からHHV-6Bに至っており、その延長上にうつ病の研究に発展しています(こちらのページ参照)。うつ病でも易疲労性、倦怠は主要な症状の一つであり、エネルギーの低下が中枢に出れば抑うつ気分・興味喜びの喪失、末梢に出れば易疲労性、倦怠、疼痛になるわけです。慢性疲労症候群などの疾患にもHHV-6の関与が示されているようで、アメリカにはHHV-6 foundationなんて組織まであったりするようです(今回の研究成果についての同組織のページはこちら)。
では、突発性発疹の既往がある人がうつ病に多いのか?という疑問が浮かびますが、「うつ病 突発性発疹」でPubMed検索しても結果ゼロ。では突発性発疹にどれくらいの人がなるのか?国立感染症研究所のHPでは2歳までに殆どの子供が罹患する(不顕性感染(感染はしたが症状が出ない)が20-40%)ととあり、また三重県での抗体検査では学童期までに約9割の児童がHHV-6への抗体を持つとあります。となると、感染してもSITH-1タンパクが合成される人とされない人がいるのか、感染年齢が関係するのか、などなど興味が尽きません。今後の研究の発展を待ちましょう。近い将来、SITH-1などHHV-6B関連の検査でうつ病の診断ができるようになったり、さらにはHHV-6Bワクチンができればうつ病の予防も可能になるかも知れないなど、考えるだけでワクワクしますね。
そうは言ってもうつ病ワクチンはまだ先の先、新型コロナのワクチンも数年先か、あるいはできない可能性だってあるわけです。それと比べると、現在あるワクチンの存在は大変重要です。ヒトパピローマウイルス(HPV)に対しては有効なワクチンがすでにあり、子宮頸がん予防のため、わが国でも定期接種に位置づけられています。しかし反ワクチン運動のため、不当な接種抑制となっている憂うべき事態についてはNo.292およびNo.309などで書かせていただきました。ここで朗報、HPVワクチンに関しては、より多くのウイルス型に有効な9価ワクチンが諸外国に遅れてようやく承認されました。これを機により多くの方々がHPVワクチンの恩恵を受けるようになり、子宮頸がんが日本の風土病とならないことを切に願っています。山本太郎が都知事選に出馬していますが、彼はHPVワクチンに明確に反対しています。海の向こうの国の現大統領もそうですが、科学を理解できない者が政治を行うのは国民の不幸です。有権者の賢明な判断を待ちたいと思います。
今日の一曲は、クリスティアン・ツィマーマンのピアノで、ショパンのバラード第4番ヘ短調作品52にしましょう。バラードは個人的には第1番が大好きなのですが、この4番の高い完成度もまた捨てがたいところですね。ではまた。

コメント

  1. おテツママ より:

    いつもお世話になっています。
    先日のヘッドギアについてのコメントへの
    返信をご丁寧にいただき、有り難うございます。
    ひとまず、安心いたしました。
    が、またまた、次の課題が…(悩み・心配事)
    本日掲載のブログの内容を興味深く
    拝読させていただきました。
    ◯◯は、はたして何病なのか?何が原因で
    ああなっているのか?このまま投薬を続けていって
    症状が改善されていくのか?
    実は、先ほどNHKのニュースで
    うつ病や統合失調症の方は定期的に血液検査を
    していると、はじめて知りました。(ビックリ)
    血液検査をするとその数値や値から
    精神疾患の病名?がわかるのでしょうか?
    まだまだ未知の世界のような気がするのですが…
    ◯◯に、MRIは今は必要ないようですが
    血液検査は?した方が良いのでしょうか?
    ここでご質問する場ではないとは思うのですが…
    お忙しいところをすみません。
    グルグル頭が巡っています。
    悩める母より

  2. おテツママ より:

    いつもお世話になっています。
    先日のヘッドギアについてのコメントへの
    返信をご丁寧にいただき、有り難うございます。
    ひとまず、安心いたしました。
    が、またまた、次の課題が…(悩み・心配事)
    本日掲載のブログの内容を興味深く
    拝読させていただきました。
    ◯◯は、はたして何病なのか?何が原因で
    ああなっているのか?このまま投薬を続けていって
    症状が改善されていくのか?
    実は、先ほどNHKのニュースで
    うつ病や統合失調症の方は定期的に血液検査を
    していると、はじめて知りました。(ビックリ)
    血液検査をするとその数値や値から
    精神疾患の病名?がわかるのでしょうか?
    まだまだ未知の世界のような気がするのですが…
    ◯◯に、MRIは今は必要ないようですが
    血液検査は?した方が良いのでしょうか?
    ここでご質問する場ではないとは思うのですが…
    お忙しいところをすみません。
    グルグル頭が巡っています。
    悩める母より

  3. 横浜院長 より:

    おテツママさん
    コメントありがとうございます。
    病気や状態についての見立て、必要であれば時間をとってご説明しますのでご本人の了解をとった上でお母様のみご予約、来院いただければと思います。
    さて、血液検査について。そのニュースを見ていないのでどういう文脈だったかわからないのですが、うつ病や統合失調症について、血液検査で病名がわかることは現状ありません。
    かつてハートクリニックにいらした川村先生が、PEAをうつ病の補助診断に使ったりされている例はありますが、まだ臨床レベルで普遍的な検査とはいえません。あとは、うつ状態の方で一部甲状腺に問題がある方があり、その確認のために甲状腺ホルモンを測ることはあります。おそらく、番組のは薬物療法の副作用確認のための血液検査かと。それであれば当院でも定期的に実施しております。
    精神疾患とのお付き合いは、腰を据えてじっくりと。あせらず慌てず、のんびり参りましょう。

  4. おテツママ より:

    お忙しい中を私の悩み事へのご回答をありがとうございました。
    モヤモヤ感が吹き飛び、スッキリいたしました。
    そうですね、1度、本人の了解をとって、先生のお話を伺いにまいりたいと
    思いますのでその際はよろしくお願いします。
    また、先日のNHKのニュースの内容は、今、私が気になるワードばかりが、
    ストレートに耳に入ってきたことへの思い違いだったようです。
    先生のおっしゃる通り、その患者さんは甲状腺に問題がある方で、うつの症状があり、定期的に血液検査をされていると、言ってました。
    はやとちりですみません。
    慌てず気長にのんびり付き合っていこうと思います。
    ありがとうございました。