横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.351 デエビゴ(2) 〜 覚醒中枢への挑戦

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横浜院長の柏です。春めいてきたとはいえ夜はまだ冷えますが、澄んだ夜空にオリオン座、その左におおいぬ座、こいぬ座の一等星(シリウス、プロキオン)が美しく見えます。オリオン座のベテルギウスとシリウス、プロキオンを結んだものが冬の大三角。まだまだしっかり見えますよ。たまには外に出て星空に想いを巡らせてみましょう(図はweathernewsから)。
では、デエビゴのお話を続けます。前回、メラトニン受容体に働くことで自然な睡眠をもたらすラメルテオン(ロゼレム)とメラトニン(メラトベル)の話をしました。今回は、オレキシン受容体作動薬であるスボレキサント(ベルソムラ)とレンボレキサント(デエビゴ)についてお話しします。
※今回も、括弧内は商品名です。
睡眠と覚醒というのは、医学・脳科学分野でここ数十年非常にホットな分野でして、革新的な発見が続いています。例えば、時計遺伝子として知られる転写制御因子であるClock/Bmal1複合体の発見。Bmal1は、私の神経研究所時代の分子生物学のお師匠である池田正明先生(現・埼玉医大教授)がクローニングされたものなので、私もとても思い入れがあります。池田先生、ご無沙汰しております。また飲みたいですね〜。
時計遺伝子の次に明らかになってきたのが、睡眠中枢・覚醒中枢という、睡眠と覚醒に関わる脳のメカニズムです。かねてより、物質としては睡眠にGABA(チュコレートなどでご存知の方も?脳内の代表的な抑制性神経伝達物質です)、覚醒にノルアドレナリンなどが知られていましたが、新たに明らかとなったのが今日の話題、オレキシンおよびその受容体です。No.092でお話したオキシトシンとは別物ですのでお気をつけください。このオレキシン受容体を介する神経伝達が、覚醒に直接関わっていることが明らかとなりました。オレキシンがこの受容体に作用することで覚醒中枢が活性化され、しっかり起きている状態が作られます。オレキシンが働き過ぎれば眠れなくなるし、その働きが悪くなれば眠くなってしまう、というわけです。この作用を利用したものがオレキシン受容体拮抗薬でして、オレキシンによる神経伝達をブロックすることにより覚醒中枢をダウンさせ、眠りを助けます。前回お話しした、代表的な睡眠薬であるベンゾ系はGABA受容体-ベンゾジアゼピン受容体複合体に作用し、睡眠中枢を刺激することで睡眠に誘う(いざなう)働きがあります。眠らせるのか、起きていられなくするのか。両者の違いは、端的に言えばそこにあるのですが、どうも「起きていられなくする」方が自然な睡眠に近いらしく、オレキシン受容体拮抗薬の「ウリ」はそこにあるようです。なお、オレキシンはテキサス大学で柳沢正史先生と櫻井武先生によって発見されており、ナルコレプシーがオレキシンの欠乏で起きることはスタンフォード大学の西野精治先生により報告されるなど、この分野は日本人の活躍が目覚ましいんですよね。そして2014年、初のオレキシン受容体拮抗薬であるスボレキサント(ベルソムラ)が発売されます。ロゼレムが効く人には非常によいが、効かない人にはまるで効かないのに対して、ベルソムラはそこそこ効きます。よってこの時以降、新患で睡眠薬が必要な方には、ベンゾ系ではなくまずベルソムラ、あるいはロゼレムを試みる、という時代が続きました。ベンゾ系で認められる薬剤耐性、止めにくさがないことから、より安全に使える(決して、ベンゾ系が危険というわけではありませんので誤解なきよう)薬として便利に使っておりました。当然、それまでベンゾ系を使っていた方からもこうした薬物への置き換えをはかるわけですが、実際にはなかなか難しいことが多かったのです。ベンゾ系に慣れた方の場合、ベルソムラ・ロゼレムではちょっと役不足の感を免れなかったんですね。
そんな中、2020年7月に発売されたのがレンボレキサント(デエビゴ)です。オレキシン受容体にはオレキシン1、オレキシン2と2つのタイプがあることが知られています。中でもオレキシン2はノンレム睡眠の抑制に関与していると考えられていますが、デエビゴはオレキシン2への親和性がより強いことから、そうした効果も併せ持つものと考えられます。さてそのデエビゴですが、たしかにベルソムラよりもしっかり眠りを誘う効果があるようです。となると期待されるのはベルソムラでは難しかった、ベンゾ系からの置き換えです。他の医師の体験など情報を集めつつ自分でも試み始めていますが、思ったよりもスムーズに置き換えができるようです。朝の持ち越しや日中のふらつきなどの副作用も目立たず、用量も通常の5mgをはさんで2.5mg, 10mgと幅があることもメリットです。新薬しばりで、おそらく長期投与可能になるのは7月頃と思われますが、その際にはベンゾ系からの置き換えもより積極的に試みていきたいと考えています。
今日の一曲はフォーレのピアノ三重奏曲です。アトス三重奏団の演奏でどうぞ。これまでご紹介してきたフォーレの曲よりはちょっとマイナーですが、これまた美しい曲です。ではまた。

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