横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.357 インチュニブ

横浜院長の柏です。ゴールデンウィークも終わりましたね。来院された方々、皆さん口々に「ずっと家にいました」…自粛ご苦労さまでございました。
ADHD治療薬についてのお話、最終回はインチュニブです。
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インチュニブ(グアンファシン塩酸塩)
2017年国内発売、2019年(一昨年)成人適応追加となった、成人に使えるADHD治療薬としては一番新しい薬です。小児では、ビバンセというさらに新しい薬がありますが、サーセン私一度も処方していないのと、ほとんど成人ばかりを診ている立場から、ビバンセについて書くことは差し控えたいと思います。
インチュニブの個人的印象はこんな感じです。
メリット
・なんというか、すーっとよくなる
・比較的早く効果が現れる
・いろいろな意味で落ち着く
デメリット
・一部眠くなる人がいる
・一部血圧が下がる人がいる
・たまに「落ち着きすぎる」人がいる
コンサータはのんですぐにシャキッとすることで効果を表し、ストラテラはじっくりしっかり効く印象ですが、インチュニブは時間的にはその間でして、コンサータのようにその日に、というわけには行きませんが、開始して一週間後に来ていただくとすでに効果を実感されている方がそこそこあります。成人ですと2mgから開始して最大6mg、人によっては3-6mg使わないと効果がわかりにくい人もありますので、皆がというわけにはいきませんが、ストラテラや前回お話したSSRI/SNRIの効果よりは早いと思われます。前回お話したように精神科医としてはゆっくり効くことが大切だと考えていますが、そうはいっても特性からいってADHD=待てない人たち(^_^;;ですから、ストラテラは効果がゆっくりなのでそれまで待てずのむのが疎かになってしまうリスクがついてまわります。その点はインチュニブに長がありますかね。だいたいADHDの方々は予定の日時にいらっしゃるのが難しい方も多く、何時間か遅れて(変更のお電話をいただいてですが)いらしたり、何日か(あるいは何週間か(^_^;;)遅れていらっしゃったりはまあ日常茶飯事です。何日も遅れていらしても、「あ、お薬ですか、全然ありましたよー」と悪びれもせずに(^_^;;おっしゃる方もあり、アドヒランス(治療遵守性:どれだけお薬ちゃんとのんでいるか)の面でなかなか難しいところがあります。あ、悪口ではないですよ。あくまで特性なのでこちらも諦めている、じゃねえや、計算に入れております。SSRI/SNRI(抗うつ薬)もそうですが、ストラテラやインチュニブは続けて服用していくことで効果を発揮します。一日のんですぐ効く薬ではありません。その意味で、これらの薬については食卓やベッド脇においておく、ポケットつきカレンダーに入れておく、アラームを鳴らす、などの工夫(ADHDハックの一つですな)が重要になりますね。
そのインチュニブの効き心地ですが、なかなか表現が難しいのですが、ホンマに「スーッと効いていく」んですよね。ノルアドレナリン作動薬ということでストラテラと似ているのは当然ですが、より「落ち着く」感じが強いかな。不注意でドタバタしてしまう人のドタバタがおさまり、衝動的な行動で失敗を繰り返す人の失敗が減り、なんとなく人間として落ち着いた感じが出てきます。注意障害でお困りの会社員の方でも、素行上の問題でいらっしゃった青年でも、どちらもいい意味で落ち着いてきます。ノルアドレナリンを安定させるからでしょうか、不安にも一定の効果があるように感じます。
副作用として、ノルアドレナリン、アドレナリン神経の発火を抑制するために覚醒系が抑制され、眠気が出てしまう人、そして血圧が下がってフラフラしてしまう人が一定の割合であります。このあたり、コンサータが覚醒させ(逆に眠れなくて困る人が一部いる)、一部の人で血圧を上げるのと好対照ですね。向精神薬の副作用の常でありますが、この問題は少量からゆっくり使っていくことである程度はカバー可能です。もともと居眠り傾向の人、もともと低血圧気味の人では1mgからはじめるなどの工夫もあります。が、どうしても眠くてダメ、ふらついちゃってダメという人もあります。インチュニブはグアンファシン塩酸塩の徐放錠なのですが、なんたって、かつて同じグアンファシンの、こちらは速放錠ですが、エスタリックという降圧薬があったのです。なくなっちゃったけど。インチュニブは徐放錠にすることで、降圧効果を抑え、ADHDに対する効果を一日続くものとしたということのようです。コンサータもメチルフェニデート徐放錠で、速放錠としてリタリンがあったのと似た関係ですね。あと、たまに「落ち着きすぎちゃう」人がいまして、まああまりに危機感がないのもねー、と減らすことになったり…このあたりは難しいところですね。
こんな例えをするのもなんですが、個人的印象として、抗うつ薬に例えるとストラテラ=SSRI/SNRI、インチュニブ=NaSSA(ミルタザピン;レメロン、リフレックス)みたいなもんだなー、と感じております。前者はゆっくりしかししっかり効果を発揮。後者は比較的早く効き、(インチュニブはADHD症状緩和作用により、ミルタザピンは抗不安作用により)落ち着くが人によっては眠くなる。抗うつ薬の世界ではSNRI+NaSSAの組み合わせをカリフォルニア・ロケットとか言って最強の抗うつ作用ということになっているのですが、ストラテラ+インチュニブは…まだ経験不足ですね。今後症例がたまってきたらまたお話しましょう。
ここから専門的なお話となります。難しければ、この段落は飛ばしちゃっても大丈夫です。インチュニブの薬理作用は、ノルアドレナリンα2A受容体作動薬(アゴニスト)ということになっています。コンサータ、ストラテラがドーパミン、ノルアドレナリンの両者に作用するのに対して、インチュニブは純粋にノルアドレナリンのみに作用します。まあ、抗うつ薬などでもそうですが、in vitro(試験管の中)で示された作用がそのままin vivo(生体内)で臨床効果として現れているかはわからないのでありまして、本当は全然違う作用がADHD症状緩和につながっている可能性は否定できないのですが、まあ今日のところは上期薬理作用を根拠として話を進めていきます。
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インチュニブはノルアドレナリンα2A受容体に作用してその下流のシグナルを強めます。脳内ではα2A受容体は主に2ヶ所にあります。一つは前頭葉皮質で、興奮性ニューロンであるグルタミン酸神経の後シナプス膜上にあります。ここではα2受容体はアロステリックにグルタミン酸神経活動を調節します。No.354の図を見ていただくとお分かりと思いますが、インチュニブがここに作用すると、グルタミン酸ニューロンのシグナルが強まり、これがADHDで見られる認知機能障害を改善するものと考えられています。コンサータやストラテラが、脳内ノルアドレナリン濃度を上げることで間接的にこのα2A受容体の働きを強めているのに対して、インチュニブはダイレクトにα2A受容体に作用するため、より効率よい働きが期待されるものと考えられます(このあたりも、見てきたようなことを書いていますが、仮説にすぎません)。この前頭葉皮質における効果は、前にお話したとおりコンサータ、ストラテラと(シグナルに対するノルアドレナリン、ノイズに対するドーパミンという違いはあれ)共通するものです。
もう一つのα2A受容体は、青斑核というノルアドレナリンの起始核から脳内全域に投射するノルアドレナリン神経の神経終末(前シナプス膜上)にありますが、これはオートレセプターと呼ばれ、神経終末から放出されたノルアドレナリンがここに作用することでこの神経自体の活動を低下させます。ノルアドレナリンが十分放出されたことを感知して、ネガティブ・フィードバックをかけて放出を抑えるわけですね。インチュニブは、直接このα2A受容体に作用することで青斑核から脳内全域に投射するノルアドレナリン神経の活動を抑制するわけです。ストラテラは神経終末のノルアドレナリントランスポーターを阻害することでシナプス間隙のノルアドレナリン量を増やし、その結果としてα2A受容体を介しての抑制が行われますが、インチュニブはシナプス間隙のノルアドレナリン量を増やすことなく、(前頭葉皮質の場合と一緒で)直接的な作用として青斑核の活動を抑えます。この、青斑核の活動を抑える作用が情動面での安定化につながっているとの考えもあり、イライラや攻撃性をコントロールしやすくなったり、とくにトラウマ関連障害で見られるような恐怖記憶のコントロールとも関連したりする可能性が示唆されています。恐怖症性の不安、パニックなどにおいて、末梢では血圧上昇、動悸、呼吸促迫などアドレナリンの活動亢進と関連した症状が見られるように、中枢においてはノルアドレナリンの活動亢進が背景にあると考えれば、このあたりは理解しやすいように思われます。
ADHDをはじめ発達障害の方の場合、幼少からその特性のために環境をストレスと感じやすかったり、虐待やいじめなどに遭う可能性が高かったりすることもあり、トラウマ関連障害を併発している方が多いことが特徴です。インチュニブは、そうしたADHD+トラウマ症状で苦しんでいる方に効果が期待できると考えています。トラウマの問題は難しく、薬だけで解決できるわけではありませんが、苦痛を少しでも和らげる一助としては効果が期待できるように思われます。
今日の一曲は、スクリャービンのピアノ・ソナタ第3番嬰ヘ短調です。晩年神秘主義に耽溺していくスクリャービンですが、この頃はまだロマン派の流れの中にあって、ロシア的な美しい響きが特徴的です。作曲者の娘婿でもあるヴラディーミル・ソフロニツキーのピアノでどうぞ。しばらく薬の話、発達障害の話ばかりになっていたので、次回からはまた一般の精神科ネタに戻る予定とします。ではまた。

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