横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.289 即効性

横浜院長の柏です。今朝のリュウソウジャー、No.110でご紹介したスヌーピーの言葉が出てきてびっくりしましたねぇ。
ここんとこ、精神科医としては一番大きな学会・日本精神神経学会の年に一度の学術集会が近づいてきた関係で、なかなかブログに手が回らず…。楽しみにしていただいている皆さんには申しわけありません。今年も発達障害関係の演題を出しているのですが、準備が…(>_<) 今年は私を含め複数の医師が参加する関係で、来週後半、21日(金)はクリニック自体お休みをいただくとともに、その前後の日も医師数が減ったり代診医診療があったりします。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします。 さて、即効性の抗うつ薬について。前回はケタミンについてお話しました。今回は、SAGE-217なるアメリカで治験中の薬物のお話です。ちょっと難しいかもしれませんが、どうぞご容赦ください。この薬の「売り」は効果発現が早いことのようで、昨年米国FDAからブレークスルー・セラピー(画期的治療薬)指定を受けたとのことです。専門的な話になりますが、この薬の薬理作用は「選択的GABA-A受容体ポジティブアロステリックモヂュレーター」とのこと。GABA(ギャバ)というのは脳内の代表的な抑制性神経伝達物質でして、言ってみればGABAの働きが強まる=脳全体に水をかけて脳を冷ます、ようなもんですかね。このブログでも何度も出てきているカテコラミン類(ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリン)は精神活動には大切ですが、単純に脳全体を興奮させる、抑制する、というものではありません。GABAは脳全体の活動を鎮めるという意味で、ちょっと次元が違うところがありますね。
GABAという名前のチョコレートもあって「ストレスを低減する」と謳われているのですが、GABAは血液脳関門を通過しないので、口から食べても脳内GABA濃度は増えないはず、なんですけどね…。
現在われわれが使うことができるGABAに効く薬物は、ベンゾジアゼピン系と呼ばれるものです。ソラナックス、ワイパックス、ロヒプノール、レンドルミンなどなど、服用経験のある方もいらっしゃるでしょう。主な作用は抗不安薬として、あるいは睡眠導入剤としてということが通常です。痙攣を止めたり、筋肉を弛緩させるために使うこともあります。というわけで、ワタクシ的にはGABAに作用する薬というとまずは神経を鎮める=不安を抑える、という印象が強いわけです。しかし、SAGE-217はGABAの働きを強めることで抗うつ効果を得られるというのです。しかも即効性があると。ちょっとよくわからないわけです。従来の考え方ではGABA系が治療的に役立つのは主に不安症状で、ベンゾジアゼピン系の大きなメリットは即効性です。不安症状は、こうした治療によって素早く抑えることが可能です。しかしうつ病の主要症状である抑うつ症状は、カテコラミン類の変調が主に関係しており、GABA作動薬では改善できない、かつ治療効果発現に治療がかかるというのがセオリーでした。そのため、GABA作動薬でうつ病が速やかに治療できる、というのはある意味革命的なことと言えるでしょう。
私なりに考えてみますと、前回お話したケタミンはNMDA受容体のアンタゴニスト(阻害薬)。NMDA受容体は、代表的な興奮性アミノ酸であるグルタミン酸の作用部位です。こちらは、GABA=抑制性神経伝達物質の反対で、興奮性神経伝達物質、つまり脳全体を刺激・賦活する働きがあります。ということは、ケタミンは興奮性回路の働きを抑えることで、SAGE-217は抑制性回路の働きを強めることで、それぞれ抗うつ作用を発揮している、と考えればこれら新規抗うつ薬候補の働きを見ることができそうです。このように、新たな発見がある時は似たようなものが同じタイミングで出てくるものなんですよね。
この6月からは磁気刺激療法(rTMS)が保険適応になるなど(施設基準はかなり厳しいです)、うつ病治療は新たな時代を迎えつつあるようです。
SAGE-217, 日本では塩野義製薬が開発・販売契約を交わしたとのことで、先日お会いした手代木社長(No.285参照)…なかなかしたたかですな。
今日の一曲、バッハのヴァイオリン協奏曲第1番イ短調です。先日、NHKで平成天皇の物語のオープニングに印象的に使われていましたね。アイザック・スターン1996年来日時の演奏でどうぞ。ではまた。

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