横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.313 複雑性PTSD

横浜院長の柏です。ここんとこ、いろんな用事で駆り出されておりまして時間が取れず、更新が滞っております。申し訳ありません。
私もしっかりツイッタランドの住人と化しているのですが、ここのところの新型コロナでのツイッタランドの混乱ぶりたるや…です。Taka先生EARL先生岩田先生たち正しい情報を発信している医師に対して、某著名人が噛み付いてトンデモになっています。悲しいことです。ここをご覧の皆さんは、アジられずに冷静に行動してくださいね。
さて、ここしばらくPTSD(心的外傷後ストレス障害)について書いていたのですが、そもそもはNo.304において発達障害者の複雑性PTSDについて書こうと思い、その前置きとしてPTSDについて触れていたのでした。ここまでのPTSDについての知見を踏まえて、いよいよ複雑性PTSD(complex PTSD = c-PTSD)についてお話しようと思います。
PTSDにおける外傷体験は、基本的には事件、事故、レイプに巻き込まれるなど、すべてを揺さぶるような一発の大きな体験といえます。しかし、状況によっては外傷体験は一発だけとは限りません。例えば戦地では兵士も庶民も、戦争が終わるまでは殺すか殺されるか、目の前で惨劇が繰り返される状況が続く可能性があるわけです。そして子どもの場合。脳が十分な成熟を得る前、さらには十分な愛着を形成する前に起こった、愛着に逆行する形での外傷体験はとくに大きなダメージを脳や心にもたらすようです。
幼少からの身体的・性的虐待、ネグレクト、そして小児学童期のいじめ、部活などでの暴力。こうしたものは、いずれも一発だけということはなく、数ヶ月から数年以上にわたって繰り返されることも多いものです。こうした環境からの「サバイバー」の方々には、複雑性PTSDの症状を認めることがあるのです。
複雑性PTSDはこれまでDSMやICDなどの診断基準には含まれずにきましたが、最新のICD-11では一項目として取り上げられております。まず、定義として「逃れることが難しかったり不可能だったりするような、長く反復的な出来事(たとえば拷問、奴隷、集団抹殺(ジェノサイド)、長期にわたる家庭内の暴力、幼児期の繰り返される性的身体的虐待)への暴露により生じる」とあるのは前述のとおりですが、症状に特徴が見られます。すなわち、PTSDとして挙げられた症状に加えて、「自己組織化の障害」と呼ばれる症状群があることが診断基準となっています。自己組織化とは、本来はカオス理論における重要な概念でして、プリゴジンが散逸系における秩序形成のことをそう呼んだわけですが、ここではこころが自律的に自分というものを作り上げるプロセスを指しています。非常にざっくり言ってしまえば「こころの形成過程」ということでよいのかと。ICD-11では、3つの症状が必要なものとして挙げられています。

1.情緒不安定(感情統制の障害)
2. 陰性の自己概念
3. 対人的問題(親密に感じることの困難)

いずれも深刻な問題です。1.は「広範で深刻な」という形容詞がついており、喜怒哀楽、様々な局面で感情が安定しないというもの。2.は「自分自身が卑小で打ちひしがれ、無価値であるという信念と、それに伴う深刻で広範な恥の感情」とあり、自分はだめで恥ずかしい存在だ、というレーゾンデートルに関わる深刻な悩みを表しています。3.は「関係性を維持し、誰かと近しい関係にあるという感覚を持つことの困難さ」とあり、愛着障害の本質たる部分と言えるでしょう。自己を否定し、人を親密に感じられず、感情の嵐に翻弄される…長年のストレスがいかに人を蝕むか、診断基準を見るだけで考えさせられてしまいます。
レベルは異なりますが、会社で年単位でパワハラを受ける社員の方。恫喝、威嚇、人間の尊厳の否定のようなハラスメントが続いた場合、直接には「生死に関わる事態ではない」かも知れませんが(ただし、こうした状況からの自殺もまだまだ見られることも頭に置いておく必要あり)、慢性的外傷体験として脳に心に大きなダメージを残します。定義上はPTSDの外傷体験には入らないかも知れませんが、パワハラの程度によっては同様の脳内変化をきたすこともあることは治療上大切なことと思われます。では次回以降、発達障害と複雑性PTSDの関連について細かく見ていくことにいたしましょう。
存知ディアゴスティーニから、週刊サンダーバードの秘密基地が出てしまいました。子供の頃、友達んち(今思えばスネ夫っぽかったな)にあったんだよなぁ。ほしかったんだよなぁ。しかし全部買うと20万円超えるなぁ。大人だから買えるけど、家においたら奥様に怒られるよなぁ…。あ、クリニックにおけばいいのか。いや、受付さんに怒られる(^_^;;;;; こうして、一生秘密基地と縁のない柏先生でした(^_^;;;;; 今日の一曲は、そのサンダーバードのテーマです。
元気出していきましょう!ではまた。


ICD-11に関する記載は、岡野憲一郎先生のブログを参考にさせていただきました。

コメント

  1. 音楽大好き より:

    柏先生のPTSDのご講義がいよいよ佳境に入ってこられました。
    発達障害をもっておられる方々は、障害特性のような一次的な問題に、二次的な問題…いわゆる二次障害が加わり、この症状からの不利益に対して、日々診察に来られている方が多いとおもいます。
    柏先生のご講義を参考にしたいと思っておりますので、これからもどうかよろしくお願いいたします。
    私は53歳ですが、私の子供の頃、今のようないじめは少なかったと思っています。
    今、多数派と違うことを言ったり、行動したりすると、一方的に非難される世の中になっています。
    「炎上」も、その原因となった発言をした方が悪い、といった捉えられ方をしています。
    これが子供の社会でも、変なことを言ったりしたりする子供をちょっとくらいいじめてもいい(いじめられた子供にも原因があるから)という雰囲気になっているような気がします。
    サンダーバードのマーチ、かっこいいですね。イギリスの作曲者なのでしょうか。イギリスといえば、エルガーの威風堂々もかっこいいですね(とくに第4番!)。

  2. 横浜院長 より:

    音楽大好き先生
    いつもコメントありがとうございます。講義などとたいそうなものではなく、皆さんにわかりやすく…と思うのですが、どうしても専門家口調になってしまいますかねぇ。わかりにくいとお感じの皆様はぜひ忌憚ないご感想をお寄せください。
    先生のおっしゃる通り、我々が子供だった頃とはいじめの性質が大きく変わってきています。
    自分と異なるものをどんどん容認できなくなり、議論ではなく一方的に非難する…。
    ツイッタランドでも同じことが起きています。悲しいことだと思います。
    威風堂々、4番とはさすが渋いですね…私は子供の頃聞いた1番の印象が強すぎなんですよね。ありきたりですが(^_^;;