横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.374 客観視

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横浜院長の柏です。先日、東京オペラシティで行われたキーシンのリサイタルに行ってきました。No.269でお話して以来なので3年ぶりですか。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパンとお腹いっぱいのプログラムでした。毎度ながら10指すべてが完璧なタッチと音量をもって高い音楽性を紡ぎ出す、現代では他のピアニストの追従を許さない圧倒的マエストーソだと思います。当日とは曲が全て異なりますが、マズルカ7曲の演奏をどうぞ。


さて、皆さんは精神科の診察ってどう思われますか。っていきなり妙ちくりんな質問ですみません。内科でも耳鼻科でも眼科でも、血液検査とか機械を使った検査とか、問診だけではなくて客観的データを集めて診断しますよね。まあ皮膚科あたりはパッと目で見ただけで大抵の診断はつくようですが、それでも組織を取っての検査などがあるわけです。精神科の場合、認知症では脳画像、てんかんでは脳波と検査が重要な疾患もありますが、うつ病、不安障害など、当院などではかなりの割合を占めるところでは現状決定的な検査は存在せず、ほぼ医師の問診により診断が確定します。われわれ精神科医はそのためのトレーニングを受けており、DSM-5などの操作的診断基準を用いることにより、診断精度を上げる努力はなされています。私が研修医の頃から、いやもちろんそれより前から、精神疾患のバイオマーカー(検査対象となるもの)探しはずっと行われており、全ゲノム解析完了もあって研究は格段の進歩を遂げましたが、30年以上たった現在でも一般的な精神疾患においてはまだ実用化されたバイオマーカーはありません。30年以上たっても、結局問診によるしかないのが精神科診断学の現状であり限界なのです。
なお、問診により診断を決定するのは発達障害も同じです。WAISなどの心理検査はあくまでも診断の参考の一つに過ぎません。検査を目的に当院に来院された場合、期待はずれに終わりますよ(^_^)。診断は、幼少期のエピソードと現在の困り事を総合的に評価し、最終的にはDSM-5に従って診断します。しばらく外来にてお付き合いしてからでないと診断がつかないこともしばしばあることをご理解ください。あ、初診で脳波で診断つけてrTMS治療を勧められるようなところはダメだなんて、当ブログの愛読者なら常識です、よね。
精神科の診療では、主観的な困り事の内容をまずお聞きして、客観的視点からそれを評価します。この主観と客観はどちらも大切でして、どちらか一方に偏りすぎると治療がうまくいかなくなる原因となります。といいますのも、この両者の間に「ズレ」が生じることがあり、またその「ズレ」が生じること自体に臨床的な意味があることがあるのです。
例えば、
・本人は躁状態で気分は爽快だが、家族からは散財しまくるわトラブル起こしまくるわ、ということで強く入院を望まれる場合
・本人は会社で上司のパワハラ、周囲にいじめられていると訴えるが、同僚の話では本人に仕事が合っていないようで、上司も周囲も穏やかな人たちである、といった場合
などがあります。前者はホンマモンの躁状態であれば評価は簡単で、入院が必要となるでしょう。難しいのが後者の場合で、このようにそれぞれ言い分が異なる場合、客観的(第三者的)視点からの評価が困難な場合があるのです。実際には、「本人の脆弱性(特定の状況への打たれ弱さ)」「現在の病気の状況」「環境の問題」などを総合的に評価して状況を判断し、適切な処方箋(この場合の「処方箋」とは、お薬だけではなく治療方針全般を指します)を出すことになります。ご本人の病状によっては、自分の状態を客観視することができず、そのために周囲にうまく適応できない場合があります。一方で、ご本人、周囲それぞれ言い分があり、それが食い違っていてなかなか客観的な評価が難しい場合もあります。
そんなわけで、会社や学校、家庭などでの問題が病状に関係している場合、ご家族や先生、上司、同僚などの関係者に一度ご来院いただき、いろいろな角度から情報を取ることがわれわれ精神科医の務めです。ご本人と難しい関係性にある場合にはなかなかおいでいただけないこともあるのですが、より正しい診断と状態評価、方針決定のために皆様のご協力をいただけますと幸いです。
両者のお話をお聞きしても、どちらの言い分がより事実に近いのか、判断が難しい場合があります。その場合、われわれは主観であるご本人の言い分に寄り添うことになります。また場合によっては、周囲のほうが正しそうでもご本人に寄り添うことを求められる場面もあります。本人の回復のためには、まずは治療関係の構築が大前提となり、そのためには客観性よりもご本人の主観に寄り添うことが優先されるのです。ただその場合も、治療者は常に客観視する視線を忘れずに、いずれ主観を客観に近づけていく…そんな技術が求められます。
本人の陳述のみから診断を立て、治療方針を定めて実行していく。当然ながらリスクのある方法論でして、われわれには常に仮説の検証、見直しが求められるのです。大変な作業ですが、まあこれが精神科医の仕事の醍醐味みたいなところもありまして、まあやめられないわけです(^_^)。
ではオマケで今日のもう一曲。Fさんのリクエストで、竹内まりやの「人生の扉」です。竹内まりや、ピーチパイくらいしか知らなかったんだけどこれはいい曲ですね。50代も終盤にかかっている私の心にも響く歌詞でした。診察室では、あるいは下のコメント欄から、リクエストも受け付けておりますのでいつでもどうぞ!ではまた。

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