横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.307 んーーー。

横浜院長の柏です。先週の仰天ニュース、ご覧になりましたか。またまた一部監修させていただき、今日はその話を書こうかと思っていたのですが、予定変更。最近、医療がらみでキニナル話がいろいろ。今日はそのあたりをグチらせていただくことにします。ちと長いです。スミマセン。
私の外来に通院されていたとあるADHDの方。知的にも高く専門職にある方ですが、しばらくいらっしゃらないなぁ、と思っていたら久々に来院。なんでも、東京のとあるクリニックでADHDに対して経頭蓋磁気刺激療法(rTMS)を受けている途中であるとのこと。治療の効果がはっきりせず、再度私のところに戻ってこられたようです。最初の十数回?でんー十万円で、追加セットには同額かかるとか(驚)。んーーー。さらに、なかなかrTMSの予約が取れず、次の回まで結構待たされているとのこと。んーーー。そもそもrTMSの現在の保険適応は薬剤抵抗性の中等症以上のうつ病です。日本精神神経学会のワーキンググループの報告書を見ても、

II. rTMS 療法適応外の具体例:下記の症例には rTMS 療法を施行するべきではない。
(中略)
4. 以下に挙げる疾患などにおいて、うつ病エピソード(中等症以上)の診断基準を満たさない不安抑うつ症状を示す場合
(中略)
・広汎性発達障害(自閉スペクトラム症)(F84)[299.00]
・多動性障害(注意欠如・多動性障害)(F90)[314.0x]

とあり、ADHDにおける不安抑うつ症状には「施行するべきではない」とされています。臨床TMS研究会のHPにも同じ記載がありますね。不安抑うつではなくADHD本体の症状そのものを改善するため、としても、学会がこう書いている以上はしっかりしたエビデンスなしにやるべきではないと考えます。これだけの高額にて行うからにはなおさらでしょう。また、施行のインターバルは重要なはずで、次の予約が取れない、といったスケジューリングでいいのか…という疑問も残ります。
論文ベースでは、ADHDへのrTMS適応についてはいくつかレビューがありますが、個別研究では有効性を謳うものもあるものの、大規模ランダム化試験はまだ行われておらず、アメリカFDAも認可していません。世界的にも、ADHDへのrTMS適応はまだ認められていないのです。
薬物抵抗性で中等症以上のうつ病の方の場合、rTMSを希望されるなら保険適応のできる医療機関で受けられることをお勧めします。具体的には前述のTMS研究会HPで今後紹介されるようですが、近場ではわれらが県立精神医療センターがおすすめです。センターでは、私の医科歯科大時代の同僚であった中村元昭先生を中心に、日本最高水準のrTMS研究がなされています。センターのHPには、日本でrTMSを受ける方法についても記載されています。それによると、保険診療以外では先進医療Bとして、国立精神・神経医療研究センター(小平市)にて双極性障害への検証的臨床試験が行われています。臨床研究について記載のサイトで検索すると、ADHDについては昭和大学で「発達障害の注意機能障害に対する反復性経頭蓋磁気刺激法開発のための単回セッション予備的研究」なる研究が行われています。rTPJ(右側頭頭頂接合部)をターゲットとすることで、ASD, ADHDの方の注意機能障害の改善をはかろうとするものです。rTPJは発達障害研究で注目されている部位であり、結果が期待されますね。新しい治療法は、こうした地道な臨床研究でエビデンスを重ねることで有効性が示され、それから臨床応用されます。そうなる以前に、学会提言に反する形で医療機関において高額の費用で行われていることについて、それを受ける側も正しい知識を持つべきだと思います。
効果があった!という体験談をどう読むかについて。通販サイトのレビューでも何でもそうですが、一人に効いた=有効な治療法ではありません。そりゃ、たしかにあなたが受けたら良くなる可能性はゼロではないでしょうが、それはプラセボ効果ではないのか。費用対効果としてどうなのか。エビデンスが示されていない以上何もわかりません。また、この治療法は安全、という前提の話になっているわけですが、これは薬物その他すべての治療法で言えることですが、「作用」がある以上は「副作用」がない、ということはありえないのです。くすりの薬効はその薬物自体がもっている薬理活性に基づくものであり、それがヒトにとって有益であれば「作用」、有害であれば「副作用」となるのであって、そのバランスが「作用」側に偏っているものは薬、「副作用」ばかりのものは毒と呼ばれます。これはrTMSのような物理的治療でも同じであって、神経回路は神経細胞の適切な発火(多すぎても少なすぎてもうまくいかない)のバランスで成り立っており、結果が期待される側の逆側に行く可能性だって十分あるわけです。このあたり、ADHDの神経回路に対してrTMSがどう働くかについての十分なエビデンスがない以上、何がおこるかわからないと考えるべきでしょう。
ガン治療は目覚ましい発展を見せていますが、それでもガンで亡くなる方はたくさんいます。標準治療以外の治療をalternative medicine(代替医療)といい、標準治療で治らない方のうち一部の方の心の拠り所となっているようです。代替医療と一言で言ってもいろいろなものがあり玉石混交なのですが、どれが玉でどれが石なのか、素人目に判断がつきにくいのが一番の問題です(ここについては、No.204で書いたように公的機関から情報を得るのが正しい方法です)。例えば免疫療法というのがありますが、本来はNo.266でお話したとおり今後ガン治療に革命をもたらす可能性のある素晴らしいものです。しかし、同じ「免疫療法」の名のもとトンデモなものもあるのが現状です。
私は、決して代替医療を否定しているわけではありません。クリニックでも、とくに心身症的な症状に対しては漢方薬を使うことがあります。これは十分なエビデンスがあるとは言えず、経験論的な方法といえます。そこが批判を受けるところではありますが、東洋医学的な考え方はどうしても西洋医学的な(還元主義的な)エビデンスベースには乗りにくいのです。当院ではあくまでも保険診療の範囲内で、漢方も併用しております。
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アメリカで長年代替医療の分野で活躍しているAndrew Weil(アンドルー・ワイル)博士。長年世界中を渡り歩いて伝統医学や薬草についてのフィールドスタディーを行ったのち、アリゾナ大学でintegrative medicine(統合医療)を提唱し、普及や後進の指導にあたっておられます。複数の著作に触れ、私も彼の考え方にはいろいろ共感するところも多く、アメリカ留学中にはサンディエゴに来られた彼と直接お話する機会もありました。写真は、その時ミーハーにもサインいただいた本です。A. Kashiwaだと言ってるのに、続けて書いてしまうアバウトなおっさんでした(^_^;;。
このように先進医療だけでなく、実は代替医療にもシンパシーの強い私ですが、そんな私でも今回はんーーー、だった、というお話でした。ほかにもんーーーなことはいろいろあるのですが、ちょっと長くなりましたので今日はここまでとしましょう。
最後に今日の一曲。前々回、木枯らしのエチュードのさらに後ろの「トリ」の曲があるという話をしました。今日はその曲、ショパンの練習曲作品25-12です。Ocean(大洋、大海)なる別名がついてるとか、初めて知ったゾ(汗)。今日は極上のホロヴィッツで。動画でなくてスミマセン。ではまた。

コメント

  1. ultima より:

    柏先生 お疲れさまです。
    ホロヴィッツ ありがとうございました。
    うぅー…とっても贅沢を申しますと、ちょっとピアノ経験者ゆえ演奏されている お手元 見たかったです!
    柏先生は どの楽器がお得意でしょうか? こう見えて私ドラムも経験者なんですよ~✨X-JAPANのYOSHIKIは無理ですが(ヾノ・∀・`)、井上陽水やサザン、PrincessPrincessなど演奏したのを ふと思い出しました。♪夢の中へ のアレンジではOPがドラムソロだったのでカッコつけて、スティック叩いてカウントとって調子にのってしまいました。
    先生 以前のブログで鑑賞するには音が良くないかもと仰せだったような気がしますが、私は鍵盤の見える左側の席も好きで、恩師と共にガン見ですよ~。
    ステージで鑑賞したいな~
    誰か来日してくれませんかね~…

  2. 横浜院長 より:

    ultimaさん
    楽器…ワタクシはピアノをちょっとかじったくらいで、それも最近全然さわってませんので今は怪しいものです。大学生の頃、ピアノがないのでフルートを買ってみましたが、自己流ではじめたが三日坊主で終わり、しかし手元にフルートだけが残っております(笑)。
    ドラムいいですねぇ、紅白でYOSHIKIとKISSの競演はしびれましたね。KISSのメンバー、年取らないのでびっくりでした。