横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.345 安全と安心

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新年あけましておめでとうございます。横浜院長の柏です。昨年は皆さんも、私達も新型コロナウイルスに翻弄された一年だったと思います。明日にでもまた緊急事態宣言が発せられるかも、というタイミングですが、今年最初のエントリーもそこの振り返りから始めたいと思います。No.335の内容をアップデートする形で進めていきましょう。
海の向こうアメリカでは大統領選挙がありましたが、選挙で不正が行われた、と何ら根拠を示さず主張し続ける大統領、そしてかなりの米国民がそれを信じている、という事実があります。さらには、悪魔崇拝と小児性愛者の秘密結社がアメリカを牛耳っていて、トランプはそれと戦う英雄である、と主張するQAnonなる陰謀論の信者も数百万人を数えるといいます。事実と異なることを信じ、訂正不能になる状態をわれわれ精神科医は「妄想」と呼びます。選挙の不正は百歩譲ってまあ絶対ないとは言えない(まずないでしょうが)としても、秘密結社の陰謀論になるともはや妄想としか言いようがありません。なんや、さすがは国民の半分近くが進化論を信じていない国、アメリカやなー、と対岸の火事みたいに見ていたのですが、どうもここのところわが日本も雲行きが怪しいのです。コロナは風邪だ!の都知事候補あたりはまあカワイイもんでしたが、ここにきて新型コロナは存在しないとか、検査やマスク着用などみな止めるべきだ、と主張する、まるで荒唐無稽な学者・知識人集団があったりします(あえてHPは掲載しません)。はっきり言ってこれはもう妄想以外の何物でもありません。前からあちらの世界の方だった元東大教授とか、精神科のことを何も理解せず批判本を書きまくっていた内科医とかがメンバーなので、まあさもありなん、ですが。
新型コロナウイルスSARS-CoV-2は、当たり前ですが実在するRNAウイルスです。すでに単離され全領域がクローニングされ、だからこそワクチンが完成しているわけです。その存在根拠を示す学術論文を出せとか、もうアホかと。今回は百年に一度レベルの人類の災厄であり、人智を結集してコロナに打ち勝たなくてはなりません。そのためにウイルス学、感染症学が進歩を重ねてきたものであり、正しい医学知識を用いることがコロナに打ち勝つ必要条件なのです。原理的に考えて、今回の新型コロナウイルス感染症COVID-19が収束するためには、効果的なワクチンが集団免疫をつけるレベルまで十分に普及するか、ウイルスが変異して毒性が弱くかつ感染力が現行株より強い新株が流行するか、そのどちらかしかないでしょう。後者は、これまでの感染症の歴史を考えると長期的には希望が持てるシナリオですが、こればかりは神頼み。早くに感染症を収束させ、正常な経済活動に戻るためには、やはりワクチンの普及が必要条件だと考えます。ファイザーやモデルナのmRNAワクチンは全くの新しい技術で不安もありましたが、蓋を開けてみると有効率〜95%という素晴らしい成果です。安全性の評価も治験段階のデータからはきわめて安全性が高いものと評価でき、わが国も一日でも早く、十分な供給量のワクチン接種を行っていただきたいと切に願っております。ワクチンに関しては、わが国では子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)の苦い経験(No.327あたり参照)があります。今回はマスコミにはミスリーディングな報道、国を滅ぼすための報道は謹んで控えていただきたいものです。
元旦からやってるモーニングショー。ちらっと見たところ、玉川さんはあいも変わらずPCR増やせ、ばかりなんで、すぐチャンネルを回してしまいました(回す…ではなく変える、か。うーん年齢がw)。No.329でも書きましたが、PCRはクラスター化しているような病院や施設では非常に重要であり、そのためになお一層の拡充が必要な事は事実ですが、しかし一般人が安心のために行うというのはほぼ意味がありません。事実、PCRを希望すればすぐ行えるイギリスやアメリカ(一部の州)の実情はどうでしょうか。韓国だって最近怪しいですよね。結局、ワクチンや治療薬がない間の最善の策はハンマー&ダンス、感染者が増えたら緊急事態宣言などで人の流れを抑え(ハンマー)、減ったらそれをゆるめて経済活動を活性化させる(ダンス)ことを繰り返すしかないのです。このハンマーの上げ下ろしのタイミングが、政治レベルでは一番大切。現場レベルでは、各自が三密を避ける、石鹸で手洗い、マスク着用の三本柱で行くことです。
ちょっと話題を変えますが、中国が感染制御に成功している理由は、こちらのブログがわかりやすいです。コロナ問題を「感染抑制」「経済活動再開」のジレンマで見るのではなく、そこに「プライバシー保護」を加えたトリレンマとして見るのがポイント。この「プライバシー保護」とは感染者の強制隔離のことを述べているようですが、ここにはロックダウンの強制も入れてよいでしょう。欧米では法律により罰則をもった(そして補償も)ロックダウンを行っていますが、日本では非常事態宣言という罰則もない極めて曖昧なやり方です。強制や罰則を嫌う国民性の現れでしょうか。しかし、コロナ問題における「プライバシー保護」の観点からは、世界最弱かも知れません。規律を守る、という国民性がこの世界最弱の条件を凌駕することができるのか。真価が問われています。
話がそれましたが、そんなわけでサイエンスの視点から見ると尾身先生や西浦先生たちは素晴らしい仕事をしていて、玉川さんたちは人心を惑わす国賊なのですが、そのへんがなかなか一般の方々にわかってもらえないジレンマが昨年からずっとありました。
そんな中、最近ふと気づいたこと。一般大衆が求めているのは実は「安全」よりも「安心」なんだろうな、と。安全と安心は異なります。医学者は、安全を追求します。死者や後遺症に苦しむ人の数を最小化するにはどうするか。そのために医学的知識を総動員して事に当たります。しかし、一般大衆は、とくにこのような不安な日々が1年近くも続いてくると、少しでも安心を得たい、という気持ちになるのは無理からぬところでしょう。PCR検査は、結果が陽性陰性とわかりやすく出ます。実際には、感度特異度の問題があり、COVID-19診断のためには医師による診察が必須です(うつ病の診断がネット上の検査でできないのと同じことです)が、とりあえずその場で白黒つけられる、というのがミソなのでしょう。そして、目の前の不安から目を背けるには、コロナは風邪だ、とかフェイクニュースだ、とかいう風説は耳に心地いいのでしょう。
そして、次に心配されるのはワクチンが予定通り普及するかどうか、です。HPVワクチンの時のように、多くの国で通常接種されているものがわが国だけが低い接種率に留まっている…なんて事態にならないことを切に願うのみです。実際、ポルトガルでワクチン接種した2日後に急死した医師のニュースが流れています。こういう報道にふれると「ああ、やはりワクチンは危険なんだ」という心情になるものですが、冷静に考えると、すでにワクチンは一千万回以上打たれています。たまたま直後に別の原因で急死することだって、これだけの数の中では十分ありうるわけで、精査が必要なのです。ワクチン接種後に出現したトラブルを有害事象と呼びますが、その中には交通事故で亡くなったものまで(ワクチンで判断力が低下してそうなった、という可能性もゼロではないこともあり)含まれるのです。有害事象の中で、実際にワクチンがトラブルの原因と確定したものをワクチンの副反応と呼びます。今回は史上初のmRNAワクチンということで十分数の治験データが集められており、その後の一般接種開始後も、現在に至るまで深刻な問題は明らかになっていません。安心のためではなく安全のため、ワクチンが入手可能となったら皆さんワクチンを打ちましょうね。
さて、安全が医学全体の問題であるなら、安心は精神医学に課せられた問題かも知れません。コロナ不安が強くて生活に大きな支障をきたしている方には、不安障害としての治療を行いますが、漠然とした不安を抱えている方は、正しい知識を正しく用いていただくことが、必要な処方箋でしょう。正しく恐れ、正しく対処する。基本は厚生労働省の情報(HPはこちら)。接触感染リスクはそんなに高くなく、飛沫感染が大きなリスクであることがわかってきました。人前ではマスク、食事の時は話さない。皆で緊急事態宣言を安全に乗り越えましょう。
今年はじめの今日の一曲、ベートーヴェン・イヤーが終わったところでありますがキーシンによる2020年のライブを発見しましたのでそちらをご紹介しましょう。ピアノソナタを3曲。悲愴、テンペスト、そしてNo.110でもご紹介したワルトシュタインです。悲愴ソナタ、その昔ピアノの発表会で第3楽章(13:16からです)を弾いた思い出の曲でもあります。ではまた。

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