横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.359 治療の終わり

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横浜院長の柏です。今日(日曜日)は天気がいいので、山下公園〜桜木町までingressのミッションをやりながらお散歩しました。逆マスク焼けが怖いですね(^_^;。
昨日の診察では、2名の方とお別れいたしました。もうご来院いただく必要がなくなった、ということです。今日はきっと皆さんも気にしているであろう「いったいいつまでメンタルクリニックに通うのか?」というテーマについて書いてみましょう。散歩中にハンマーヘッドのバニラビーンズで海を見ながら書こうと思ったのですが、さすが日曜日(マンボウ中なのですが…ってワイも出かけてまんな、すみません。ランドマークに用事があったついでです)、行列になっていたので諦めて下のスタバでドヤる…ではなく今日はiPadで書いています。軽いのでお散歩の日にはこちらです。
病気…私は医者ですから、当然ながらお会いするのは何らかの「病気」を抱えた方々です。ただ精神科・心療内科の場合、発達障害や知的障害、パーソナリティの問題や家族間の問題まで、幅広く診療にあたることから、直接病気を扱わないということもないではないです。しかし、いずれにせよ何らかの「問題」があっていらっしゃっているわけなので、「病気」が治癒すれば、あるいは「問題」が解決すれば通院は終結します。あるいは、たとえば発達障害の場合であれば特性としては残っていても、治療なしでも現実の社会や生活と折り合いをつけていける段階となれば、それは「社会的治癒」であり、治療としては終結となるわけです。
そもそも病気には二種類あります。急性疾患と慢性疾患です。過去にもNo.145でふれているのでこちらもご参照ください。急性疾患とは、たとえば転んで怪我をした、といったものです。外科で処置をして、骨折などがなければそんなに時間もかからず元通り、はい、おしまい、となるわけです。内科であっても、風邪とかインフルエンザとかであれば、通常は数回通院すればまあ治るわけです。元気な人なら通院さえ必要ないことも多いですよね。
生活習慣病と呼ばれる、高血圧、糖尿病なども初期で軽症であれば生活改善などだけで何とか持ち直すことは可能です。私も一度血糖値とか中性脂肪とかやばいことになって、昼休みにingressやって回復しました(^_^;。
しかし、これもある閾値を超えてしまうとどうも体のバランス(ホメオスタシス)を自力で立て直すのが難しくなるようで、生活指導とともに薬物療法が必要となります。さらにこれも、短期で切り上げられる場合もあるようですが、とくに中年以上の方になるとなかなか難しいこともあります。慢性疾患として長期的にかかりつけ医のもとに通い、処方を受け続けることになる方も多いわけです。
さて精神科。精神科領域でも、急性と慢性はあります。急性とは、突然予測しなかったショックな出来事に襲われ、こころや身体がついていかない場合がまず挙げられるでしょう。これは急性ストレス障害と呼ばれ、強烈な恐怖や抑うつ、不眠などが出現しますが、きちんと手当てをすれば比較的治りは良い疾患です。急性ストレスを受け止め、自分の中で処理できるようになるまでには時間が必要であり、その間の手当てをすることになります。しかし中にはうつ病や心的外傷後ストレス障害(PTSD)などに進んでしまう方もあり、こうなると慢性疾患の領域に入ってきます。
当院に来られるうつ病や不安障害圏の方の場合、そのような急激なストレスが原因となる場合もありますが、多くの場合はもっと慢性的なストレスが引き金となっています。長時間労働の連続、繰り返される上司の叱責、長く続く家庭内の問題…頑張って頑張って、もう頑張れない、というところで起きるのが古典的なうつ病です。この場合、こころと身体は相当に消耗していて、回復には時間がかかります。以前(こことかこことか)にもお話しましたが、うつ病であれば反応(治療効果が現れる)まで1週間から1ヶ月、寛解(ストレスの少ない環境であれば症状が消退している)まで数ヶ月、回復(元通りストレスの高い環境でも症状が消退している)には半年から1年はかかるものです。そして、これは純粋に統計的な確率ですが、一度うつ病エピソードをきたして回復し、治療を終了した方が再度うつ病をきたす確率は約50%と言われています。二人に一人ですよね。そして、二度うつ病エピソードをきたして回復した方が再度うつ病をきたすのは約70%、三度だと約80%、と確率が上がっていくことが知られています。このあたりがうつ病の慢性疾患たるところでして、よくなっていても再発予防のために長期的に薬物療法を含めた治療が必要となる場合も決して少なくないのです。
うつ病は診断基準上は「うつ病」と「反復性うつ病」に区別されています(ICD-10ではF32とF33)が、これも長期的な治療方針との関係も反映されていると思われます。単一エピソードの場合、データ上は再発率50%。これをどう考えるか。半分もあるなら予防に最善を尽くすことが求められます。うつ病は(ほかの精神障害もそうですが)、お前の今の生活には無理があるよ、このまま行くとダウンしてしまうからその前に(サーモスタットみたいに)うつ病のスイッチを入れておくよ、ということです。生活のやり方を変えることがまず求められます。職場環境に問題があるならそこにメスを入れる。会社人事と相談して配置を考えてもらうこともよくあり、中にはそれだけですっかり回復される方もあります(いわゆる「現代型うつ病」のタイプの方に多いパターンです)。単一エピソードで環境がしっかり整い、本人の回復状況も良好な場合、薬を漸減中止して、通院治療は終結することを考えます。再発率50%というのは統計上の数字であり、条件が整えば確率はずっと小さくなります。しかし、環境を変えるのが容易ではないことも多く、そうなるとより慎重な対策が求められます。
反復性、つまりうつ病エピソードが2回以上の場合、なんといっても再発率は70%を上回るわけですから、基本的には長期的に通院いただき、薬物療法も継続することが再発防止には望ましいのです。ある会社でうつ病エピソードを繰り返したが、転職して上司や環境に恵まれ、しっかりとした回復が認められる…そのような状況であれば治療終結はないわけではない、ということは付記しておきますね。
うつ病は、一度再発してしまうと数ヶ月にわたって仕事や生活に多大なダメージを与えます。寛解後の治療の一番のテーマはこの再発防止であり、そのためにはストレスコントロール、心身にとって健康的な生活習慣(生活リズム、食事、運動、パソコン・スマホとのつき合い方などなど)を守ることが最重要。再来通院場面でも、こうした基本的生活指導が柱となります(こちらもご参照ください)。そして、ストレスという津波から心身を守るための防波堤、それが抗うつ薬を柱とする薬物療法です。波が高いうちは、あるいは津波が来る可能性が高いうちは、継続しておくことが再発による多大なダメージを回避するために大切なことです。
発達障害で来院される方の場合はどうでしょうか。特性を疑ってご来院された方の場合、生育歴から現在の困りごとまで詳しくお聞きして、必要に応じて心理検査を行い(検査は必ず行うものではないです→こちらもご参照ください)、アセスメント(最近ではフォーミュレーションと言うようですが)します。困りごとの整理、本人や周囲の対応・対策を考え、必要であれば福祉や支援につなぎます。二次障害やメンタルヘルスにおける対応が必要であればそれを継続し、ADHD治療薬が必要であれば薬物療法も併用します。ADHDの方に多いですが、ある程度社会的に適応できていて立場もすでにあり、それでも特性に基づく困りごとがあってご来院され、こちらの説明を十分に理解して自ら動くことができる方の場合、数回から数ヶ月程度で終了となるケースもよくあります。適応上の問題が大きく、障害者手帳や障害年金を必要とする場合には、長期的に心理教育、生活指導が必要となりますし、そもそも書類の更新のためには継続的通院が前提となっています。そうそう、手帳、年金をお持ちの方の場合、状態が安定していても数ヶ月に一度程度の継続通院が必須となります。たまに全然いらっしゃらず、更新の時にひょこっと現れる方がありますが、基本的にそのような状況では書類を書くことはできません。発達障害者も現在のところ精神障害者用の手帳・年金制度に組み込まれており、診断書に治療の経過や通院頻度などを記載する欄がありますので、ここは譲れないところです。お気をつけください。
話がそれましたが、治療終結について。本当のところは、話し合って終了する方よりもいつの間にか来られなくなってしまう方のほうが多いんですよね。そうなってしまうとなかなかその理由はこちらにはわからず、よくなって来なくても大丈夫になったのか、こちらになんらかの不行き届きがあり他院に移られたのか(転院ご希望の際は紹介状書きますのできちんとお伝え下さいね)、来られないほど具合が悪いのか、こちらとしては心配になってしまうんですよね。まあこのあたりはこちらの技量の問題ですんで、日々勉強して腕を磨くのみです。
冒頭でお話した今週お別れしたお二人。お一人はうつ病単一エピソードで、休職後よい環境の部署に復帰できた方。もうお一人はADHDの方で、アセスメントと説明のみにてご自分で工夫できる水準の方でした。お別れの際はいつも、終了しても大丈夫と思いますがどうされますか、と最終判断はご本人にしていただきます。こうして、週に数名程度は毎週お別れしています。ここは医者のつらいところでして、もう会わないほうが患者さんにとってはハッピーなんですよね。しばらくしてまたお会いすることになると、ああ治療終結の判断は拙速だったか…とまた反省です。どの方が大丈夫でどの方はリスクがあるのか。ここはなかなか難しいところですが、判断の腕をさらに磨かないといけない、と日々精進です。
では今日の一曲。前回「原光」をとりあげたのですが、うおっとなんか動画がすぐになくなってしまったようです。なのでやむを得ず、今回連続ですがマーラーの交響曲第2番「復活」、今度は同じバーンスタイン/ロンドン交響楽団による全曲版でご紹介します。前回の「原光」は第4楽章で、47:17からの約5分です。マーラーは交響曲第1番で描いた「巨人」をこの曲の第1楽章で埋葬します。巨人は第4楽章で神の元に戻り、第5楽章で復活を遂げます。この最終楽章は長大ですが素晴らしく、59:30からはじまり1:00:48のシンバルでピークを迎えるこの展開はまさに「復活」にふさわしい。個人的体験で恐縮ですが、海なし県の群馬県で育った私はいまだに海を見ると感動します。これまでで一番感動したのは中学生の頃でしたか、夜中に神戸を出て高松に向かうフェリーの船上から日の出を見たときでした。瞬間、私の頭の中で鳴り響いていたのはこの曲のこの部分でした。上る朝日はまさに復活にふさわしい。感動的な夜明けでした。まわりがみんなフォークソングにハマってる中で一人マーラーに耽溺していた、まあ空気を読まない中学生だったよなー今考えると。なお、当時まだ瀬戸大橋も明石海峡大橋もありません。両親の故郷である四国(父は高松、母は新居浜の出なので、私は人種的には四国人です)に帰るには船しかなかったのですが、それがよかったんですよね。今は高速道路で一瞬ですが、船でまったり行くのもいいものです。それ以後、朝日が見える船に乗るときにはイヤホンで復活を聞くようにしているのですが、まあそういう機会はあまりないので残念です。おっと余談が長くなりました。ではまた。

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