横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.075 トラウマ治療

横浜院長の柏です。No.072の続きを書いていて、かなり進んでいたところで今日のクローズアップ現代を見てしまい、こちらの感想を先に書くことにします。話題はホットなうちに、ということでご容赦下さいね。
番組のテーマは「心と体を救う トラウマ治療最前線」。幼少期以降の様々なトラウマが、心のトゲとなり現在にいろいろな症状を生み出す。これがPTSD(心的外傷後ストレス障害)です。前回の沖縄戦もその一例ですね。No.011でお話しした通り、こころの病気は内因、性格因、外因をもとに起こりますが、この外因が圧倒的な場合におこるのがPTSDです。圧倒的な外因、つまり生命の危機につながるようなストレスは脳に持続的な変化をきたすようで、そのトラウマ記憶は氷のように脳の中に残り、過去のことなのに今目の前で繰り広げられているように想起されます。これがフラッシュバックです。なお、発達障害の特性のある方の場合、そもそもの脳の脆弱性からトラウマを感じやすい特性を有することに加え、発達障害の行動特性により周囲から誤解され、いじめや養育上の問題、愛着障害につながりやすいのです。このため、発達特性を持つ方々は非常にトラウマの問題を抱えやすいと言えます。
番組ではトラウマの治療がメインテーマでしたが、ほとんどEMDR礼賛に終始した感がありますね。EMDR(eye movement desensitization and reprocessing)とは、外傷記憶を想起する際に眼球運動などの身体刺激を取り入れることで、外傷記憶の健常な処理を促しトラウマの解消を目指す新しい治療法です。番組では幼少期からの虐待のトラウマが数ヶ月でぴたっと治った症例が紹介されていました。こうした番組の特性上、劇的に効いたケースを紹介するのはやむをえないことですが、どの程度の人にどの程度の効果があるか、他の治療法と比べて優位性はどうか、このあたりの情報もすぐわかることをEMDR学会には期待したいところです。
トラウマの治療は一筋縄ではいきません。人間、怖さを克服するには相当なエネルギーが必要だというのは一般感覚としてもお分かりいただけるのではないでしょうか。ましてやトラウマの克服は精神科医療の一つの大きな頂と言え、私もいろいろ勉強を重ねてきた領域です。EMDRは、20世紀のうちに研修を受け、治療者資格を得ております。まだ学会設立前で、当時は治療者名簿に名前を載せておりました。当時の経験では、そこそこ効く人がいるという印象でして、番組のように劇的な効果、と言われると違和感があります。当院では私以外にも治療者資格を持った医師がおりますが、なかなかクリニックの設定では医師がEMDRを行うのは時間的に困難なのが現状です。
前職の東京医科歯科大学では、当時学内にPTSD治療ユニットができ、東大の先輩でもあり、私も懇意にしていただいていた飛鳥井望先生が活躍されていました。そこでの治療は認知行動療法(CBT)を中心としたもので、現代PTSD治療の王道を行っていたと思います。当院では、臨床心理士によるカウンセリングの枠を使ってCBT、精神分析などのアプローチからトラウマの解消を目指しています。治療効果は上がっておりますが、まだまだ十分とは言えません。心の傷に苦しむ人たちの期待に沿えるよう、さらに研鑽を積んでいきたいと思います。EMDRの今後も、期待をもって見て行きたいですね。

コメント

  1. 隊長 より:

    病気になって会社を長期に休むことになった原因が、半導体のパーツナンバーでした。
    復帰2年後、再度半導体のパーツナンバーを扱ったとき、気持ち悪さと嫌な思いがこみ上げ、再度長期休暇に。
    これも一種のPTSDでしょうか?

  2. 横浜院長 より:

    隊長さん
    PTSDというのは、戦争やレイプのように生命の危機を感じる経験をしているということが定義に入っていますので、この場合はPTSDとは言えません。しかし、パニック障害の方が発作を経験した電車に乗れなくなるように、PTSDに限らず外傷体験はいろいろな影響を残します。トラウマの治療というのは、このように幅広く適応範囲があるのです。