横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.364 心因に見えるものほど器質因を疑え

横浜院長の柏です。ようやくしっかりと梅雨に入ったかと思ったら豪雨災害が発生しています。皆様も十分お気をつけください。
さて、私が精神科医なる職業を選んではや33年ほどが経つのですが、私は「将来は絶対精神科医になるずら」といったガチの精神科医志向医学生ではなかったんですね。まず、体力には自信なかったから外科系はないなと(最近、MedPeerで一日一話やってるゴッドハンド輝を毎晩読んでいて、外科医いいな、と今からまじめに転科を考えて…ないです、はい。)、脳科学面白そうだな、神経内科がいいかな、と6年生の時は神経内科の学科委員(学生有志で、各科に当番決めて、試験対策とか入局に向けての情報収集とかやる係)をやり、当時の神経内科医局長のT先生とも仲良くなって、結構マジで神経内科医になる方向で考えていました。最終学年ではたしか4回志望調査を出すのですが、私は3回目まで神経内科で出していました。一方で、同期の本田秀夫先生(現・信州大学子どものこころ診療部長)に誘われて、5年生の頃から当時東大病院の地下にあった精神科の医局にも出入りしていました。そこでは、当時齋藤治先生(現・立川パークサイドクリニック院長)が行っていた、統合失調症の方の眼球運動をアイマークレコーダーという機械で測定し、解析するという研究のお手伝いをしていました。当時は「パソコン」の黎明期でして、PC9801(当時一番売れていた家庭用パソコン)上でBASIC(ご存知ですか?当時流行っていたコンピュータ言語です)を使ってデータ解析プログラムを組むのが私の仕事でした。まあしかしこちらは趣味みたいなもので、神経内科へ行くはずだったのですが…うーん、気がついたら精神科入局になっていたので、人間関係って恐ろしいもんですね(笑)。
神経内科…脳神経内科とも呼ばれますが、これは内科の中で脳神経を扱う科でして、脳外科の内科版ですね。筋萎縮性側索硬化症、筋ジストロフィー、多発性硬化症などなど、難病、治療の難しい病気が並んでいるところです。心療内科は心理的機序が発症、悪化と関係している内科疾患を扱う科なので、名前は似ていますが別物です。なお、神経科という言葉もあるのですが、これは古い言葉で精神科とほぼ同義なのですが、わかりにくいことから現在では新規に標榜できないことになっています(ハートクリニックも、HPを見ていただくとわかりますが、大船院のみ心療内科・神経科となっています。他の分院は神経科標榜禁止後にできたので、みんな心療内科ですね…本当は精神科ですけど)。ここで、てんかんとか認知症などが神経内科とわれわれ精神科との境界領域になっているのですが、一つ困った現象があります。それは、その病気実体が明らかになるほどに、精神科から神経内科へと担当する科が移行するという怪現象です。てんかんはしばしば精神症状や性格変化をきたすことが知られており、認知症も周辺症状と呼ばれる精神・行動上の問題をしばしば合併します。私は精神科が診るべきと考えますが、このあたりは国際分類でも論争になっていて、WHOの作るICDでは、現行のICD-10においてはてんかんはGコード(神経疾患)、認知症はFコード(精神疾患)に入っています。新たに作られるICD-11にあたっては、認知症も神経疾患になりそうな流れがあったようですが、今見たところまた精神疾患(06コード)に戻っているようですね。
以前にも書いた気がしますが、わが国では(渋沢栄一なら「日ノ本」では、かな)かつて精神分裂病・躁鬱病・癲癇(統合失調症・双極性障害・てんかん)が三大精神病と呼ばれており、てんかんは精神科のメインストリームの一つだったわけです。たしかに今はてんかんを敬遠する精神科医もいると思われますが、私は精神科医として、これからもてんかんもしっかりと診ていきたいと考えています。
原因がはっきりしているものは神経内科、原因がわからないものは精神科…こんな線引きがされてはならない、という話をさらに進めましょう。
幻覚・妄想などの精神病症状、うつ状態・躁状態などの気分症状、そして不安症状などなど、精神疾患では様々な症状が見られます。統合失調症、双極性障害、パニック障害など、まだ病因はよくわかっていないが、症候群としてまとまった病気の単位があり、これらの症状を引き起こす代表的な病気ということになります。一方で、それ以外の要因、たとえば身体の病気や薬物の影響などによってそうした症状を呈することもあります。身体の病気とは、例えば甲状腺機能低下症。首のところにある、甲状腺という小器官。ここの働きが悪くなると、うつ病と区別のつかない抑うつ状態を呈することがよくあります。褐色細胞腫という副腎の稀な病気では、カテコラミンの異常分泌によってパニック障害同様のパニック発作を呈します。薬物もいろいろ。病院のリエゾン(他科診療)では、ステロイドによるうつ状態や精神病状態に接することは日常的です。アルコールだって使い方によっては精神病状態を起こしますし、いわんや脱法ドラッグをや、です。われわれ精神科医には、精神症状をきたして来院される方に対して、まずはこうした身体の病気(器質因といいます)や、使用している薬物や嗜好品などの影響をきちんと見分ける技術が要求されます。
私が研修医の頃、指導医から言われた訓示として
「心因に見えるものほど器質因を疑い、器質因に見えるものほど心因を疑え」というものがありました。
こころとからだに分けた場合、こころが原因に見えるものほどからだに問題があることがあり、逆もまたしかり、という意味です。心身一如、こころとからだは一体のもので、そもそも分けることなどできません。われわれは(精神科医でない一般の方であっても)、ともすると今目の前の患者さん(一般の方からすると、ご家族やご友人など)の困りごとを、その方のストーリーに乗せて解釈したくなります。家族内でこういうことがあったから、会社でこういうことがあったから、だから落ち込むのは当たり前、おかしくなってしまうのは当たり前…一般の方であればともかく、精神科医はプロである以上、そこにとどまっていてはまだ二流です。もちろん、心因モデルとしての解釈はそれはそれで重要でして、その中で腑に落ちない点から内因性精神障害の発症を読み取ることは精神科医に求められる重要な技術の一つです。しかし、さきの訓示はこれだけでは見落としのリスクが残ることを端的に示しています。身体因、器質因が絡んでいる場合、そこに対する治療を行うことで本質的に精神症状、精神疾患が改善することが期待されます。そこを見落としてしまうと、よくなるものもよくならない、という治療としては失敗の状況に陥ってしまいます。心因に見えるものほど器質因を疑え。クリニックにいると、前職の大学病院のときのようにその場でMRIや脳波検査などをオーダーできず、外注予約が必要、とハードルが一つ高くなるわけですが、そこはしっかりやっていかないとなりませんね。こうしてブログを書いていて、改めてその重要性を再認識いたしました。
では今日の一曲。YouTubeでは、往年の巨匠が演奏する姿をはじめて見ることができて強い感銘を受けることがあります。今日は、最近見つけた私のとっておき。サンソン・フランソワのピアノによる、ショパンのピアノ協奏曲第2番ヘ短調です。レコード(私が高校生の頃まではCDなかったんすよ)やCDでしか聴いたことのない往年の巨匠。その姿が映像で見られるのはホンマ感無量です。指揮はルイ・ド・フロマン、オケはルクセンブルグ放送交響楽団です。1966年、今から55年前の演奏のようですね。ではまた。

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