横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.387 古い薬について(1) 序編

横浜院長の柏です。5月15日は沖縄返還50周年とのこと。50年前のその日、私はたしか小学4年生でした。「沖縄」という言葉は知っていましたが、「沖縄県」という言葉の響きになんだか違和感を覚えたことを覚えています。まもなく、わが群馬の小学校に沖縄から女の子が転校してきて、本土復帰に実感が湧いたことも思い出されますね。結婚して子どもも生まれ、わが家は結構な沖縄フリークとなりました。一時は毎年夏休みに沖縄のどこかに行っておりました。子供も大きくなったりコロナ禍だったりで、ここしばらく行っていないのが寂しいですね。学会で沖縄を訪れた際のブログはこちらになります。
さて、久々におくすりのことを書いてみようと思います。精神科の治療では薬物療法、精神療法(心理療法)、環境調整が三本柱と思いますが(他にmECT, rTMSなどもありますが)、脳の病気に相対するに当たって、薬物療法は特に重要な選択肢となります。
どの科のくすりでもそうでしょうが、くすりには古い薬と新しい薬があります。古い薬とは、昔から使われており、経験と知見が積み重なっている薬。新しい薬とは、より高い効果や新しい効果、そして少ない副作用などを目指して新たに開発された薬。日本では新薬が出ると1年間は2週間までしか処方できないという「2週間縛り」があるのですが、精神科領域では現在この縛りにかかる、すなわちこの1年以内に発売された新薬はないものと思われます。たぶん(^_^;;。なので、ここでいう「新しい薬」とは新薬ではなく、もう少し前からの薬を指すこととします。精神科領域では20世紀の終わりくらいから薬物療法の新たなムーブメントがあり、SSRI/SNRIなどの新規抗うつ薬、そして非定型抗精神病薬と呼ばれる新規抗精神病薬が登場しました。睡眠を助けるくすりも、2010年以降相次いで発売されています。ここでは、この1999年のルボックス/デプロメール(SSRI)以降の薬物を「新しい薬」、それ以前のくすりを「古い薬」として話すことにします。
基本的には統合失調症などのくすりである抗精神病薬と、うつ病などで用いられる抗うつ薬について話そうと思うのですが、新しい薬についてはすでに、抗精神病薬はNo.076、抗うつ薬はNo.336でそれぞれお話しているので、今回はあえて「古い薬」についてお話しようと思います。具体的には古い抗精神病薬である定型抗精神病薬(新しい薬は非定型抗精神病薬と呼ばれます)、そして古い抗うつ薬である三環系、四環系抗うつ薬についてお話します。
さて、抗うつ薬、抗精神病薬とも、古い薬が使われることは少なくなっています。古い薬の代表として、抗精神病薬ではクロルプロマジン(コントミン®)、抗うつ薬ではイミプラミン(トフラニール®)がありますが、これらはいずれももともと抗ヒスタミン薬(アレルギーを抑える薬)として開発され、その後それぞれの向精神作用があることが発見されたものです。どちらも三環構造を持ち、よく似ていますよね。
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他の薬物についても、やはり別の目的で作られたものか、あるいは三環構造を持つなどこれらの薬物の誘導体として作られたものがほとんどです。それに比べると新しい薬は、特定の薬理作用(受容体やトランスポーターに対する作用など)を最初から狙って合成された薬物であり、よりピンポイントで狙った効果を上げる、より高い効果と低い副作用が期待されるわけです。古い薬はそれと比べるとより(言い方は悪いですが)ダーティーな化合物で、定型抗精神病薬であれば錐体外路症状(震え、筋硬直、ジストニアなど)や眠気、めまい、便秘などが、三環系抗うつ薬であれば口渇、かすみ目、便秘、心電図変化などの不快な副作用が知られており、そのことが古い薬が使われなくなってきた大きな理由となります。また、抗精神病薬については、非定型抗精神病薬では定型抗精神病薬で治療困難であった統合失調症の陰性症状や認知症状に対しても効果が期待できること、また定型抗精神病薬でみられる過鎮静など、マイナスの向精神効果が少ないことも、古い薬(定型抗精神病薬)が使われなくなった理由となります。抗うつ薬の効果については、とくに新規抗うつ薬の方が優れているという十分なエビデンスはないように思われます(あったら教えて下さい)。
かくして古い薬は臨床現場では余り使われなくなっているのですが、では本当に古い薬はその役目を終えたのでしょうか。さきに「古い薬は経験と知見が積み重なっている」と書きましたが、最近の若い医師では「新しい薬」しか使ったことがない、という方もいらっしゃるようで、時代の変化を感じますね。最後の昭和卒である爺医(^_^;である私としては、定型抗精神病薬も三環系/四環系抗うつ薬もまだまだ現役の優秀な武器です。定型抗精神病薬はたしかに主役としては課題が大きいものの、使いようによっては新しい薬の穴を十分埋めることができますし、三環系/四環系抗うつ薬などは新規抗うつ薬よりも高い効果を期待できるものと考えています。このあたり、このあとシリーズでお話していきたいと思います。
今日の一曲は、沖縄本土復帰50周年を記念して「涙(なだ)そうそう」にしましょう。夏川りみの澄んだ歌唱でどうぞ。ではまた。

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