横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.417 オフィス環境

横浜院長の柏です。学会が終わったらゆっくりブログ書けるなと思っていたのですが…さにあらず。いろいろ追われていてまた間が空いてしまいました。今年最後のブログになりますが、今日はオフィス環境について書いてみましょう。

昔はオフィスといえば狭い部屋に事務机が殺風景に並んでいて、みんなでごちゃごちゃと仕事をしているのが日本の典型的オフィスだったと思うのですが、最近はすっかり様変わりしましたよね。私も月に一度仕事で六本木ヒルズの某社オフィスを訪れていますが、広大なフロアがぶちぬきでカラフルかつ綺麗な机や椅子が並んでおり、広い机の上に皆さん自前のノートパソコンを持ち込んで作業をしている姿は欧米のオフィスみたいでかっこよく、昭和の事務室とは雲泥の差といえます。がしかし、皆がこの環境で仕事効率が上がるかというとなかなかそうも言えないだろう、というのが今日のテーマです。

発達特性の強い方では、作業効率がオフィス環境に左右されるところが大きいところです。ASD(自閉スペクトラム症)特性の強い方はこだわりが強く、環境変化にはとても弱いところがあります。毎日同じ環境で過ごせるとよいのですが、そうでないとなかなか大変です。ASDでも感覚過敏のある方では光や音、匂いなどの環境刺激によって容易に注意が妨げられてしまいます。定型発達者では気にならない程度の機械音、会話、明るさなどが大きな影響を及ぼします。他者が多くいる環境では、会話などの阻害要因がどうしても発生してしまいます。特性や状況に合わせて、個室など安定を保てる環境や、テレワーク導入などが望まれます。ADHD(注意欠如多動症)特性の強い方では周囲の刺激に容易に注意力を持っていかれます。現代のオープンオフィスでは向こうまで見渡すことができ、風通しはいいですが彼らには刺激が、魅惑が多すぎるようです。ドラえもんののび太(注意欠如型ADHDの典型)は、窓の外の飛行機に気を取られて授業を置いてきぼりになりますが、オフィスののび太も同様に視界に入る人の姿や声に容易に気を取られてしまいます。ADHD特性が強いと、注意がいったんそれると元に戻すのが大変で、それまでやっていたタスクをどこまでやったかもわからなくなってしまうことがよくあります。結果、作業効率が極めて悪く、成績や評価に直結してしまいます。彼ら、彼女らの集中力を保つためにはオフィス環境の調整や工夫も大変重要でして、視野に余計な人やものが入らないようにするために机の位置を窓向き、壁向きにしたり、パーティションを区切ったりするとよいでしょう。人同士や電話での会話、機械音などが集中を削ぐ場合は、イヤーマフ(耳に被せて遮音効果をもたせる、ヘッドホン型の装置)や耳栓、ノイズキャンセリングフォンなどの使用が許可されることも重要です。

先に「ASD特性の強い方は、毎日同じ環境で過ごせることが肝要」と書きましたが、ADHD特性の強い方の場合、同じ環境でルーチンワーク固定となると逆に集中力を欠きやすい一面があります。外回りのように環境がどんどん変わる働き方の方がよい場合もあり、多動が強い場合には肉体労働を好むこともあります。デスクワークの場合も、これもシングルタスクを好むASDとは逆で、ある程度のマルチタスクで、気分によって作業を切り替える、その場合場所も変えられるくらいがよいこともあります。スタンディングデスクもいいですね。このあたりは人によるので、その方の特性をよく見て方針を決めていくことが望まれます。

このように、ASD特性の強い方とADHD特性の強い方ではオフィス環境の整え方にも違いがあり、場合によっては正反対といってもよいくらいです。表に大まかな違いをまとめましたのでご参照下さい。

さて、オフィス環境といえばコロナ禍との関係性についてははずせません、というより、最近になって私の診察室ではポストコロナが問題となるケースが立て続けに発生しています。2020年新型コロナウイルスによる緊急事態宣言により、自宅待機やテレワークが多くの企業で発生しました。それ以前から一部の企業で始まりつつあったテレワークが、コロナを機会に一気に導入された状況でした。このテレワーク化の局面では、ASD系の方ではハッピーに、ADHD系の方ではアンハッピーになることが多かった印象ですが、これもまた個人差が大きいところですね。このあたりのテレワーク事情はNo.321No.386あたりもお読みいただければと思います。最近の問題というのは、患者さんたちの話を聞いていると、ここに来て企業のオフィス回帰の方向性が明らかとなってきており、これまでテレワーク環境で安定して過ごせていたASD特性を持つ方や、あるいはうつ病などを抱える方が適応障害を来しているケースです。これまで完全テレワーク、あるいは週1-2出勤であったものが、最近では週3以上、あるいは完全出勤を求められることが増えてきているようです。障害者枠であっても、事情に関係なく一律に出勤を求める、と先制パンチがくる企業もあります…。急な環境変化に弱い(静的平衡を好む)ASD特性を持つ方にはつらいところです。

オフィス環境についてさらに話を進めると、最近は座席が固定されていないフリーアドレスのオフィスも増えてきていますね。これは、当然ながら環境変化に弱いASD特性を持つ方にはかなり厳しい環境です。座席の位置がひとつ変わるだけでも、見える景色=目から入る情報が変わることで落ち着かなくなり、さらにはエアコンの風の流れが変わり、人の流れとの位置関係が変わり、音の聞こえ方が変わり…こうした五感の微妙な変化を全部拾ってしまう当事者にとっては、座席の位置がひとつ変わることは沖縄から北海道に移動するくらいの変化に相当する、ということへの想像力が雇用側には必要です。それでも、フリーアドレスの職場ってなんとなく誰がどこに座るって決まってくるものですが、最近遭遇した事案では、毎朝出勤するとシステムがランダムに座席を割り付けるようになったとのことで、ご本人は大変困ってらっしゃる状況でした。これはとんでもないですね。管理側は平等均等に座席を配分し、いろいろな人と席が近くなることで新たな人間関係や仕事の発展を期待しているのかも知れませんが、ASD特性を持つ方にとってはそれこそ毎日北海道行ったり沖縄行ったりアフリカ行ったりしているようなもので、落ち着いて仕事どころではありません(今回のご本人は、エアコンの風のことを一番気にしていました)。テレワーク後、つらい中ようやく安全な座席を見つけてきた時だっただけに衝撃も大きかったようです。なかなかご本人の交渉では難しい様子もあり、意見書(診断書)を書かざるを得ないように思われます。

いつか、発達障害や精神障害当事者の困り感に対して周囲の想像力が十分に働き、医師や支援者が介入しなくても働きやすいオフィス環境が整備されている…そんな日常を期待しています。

今年も一年間、当院通院中の皆様、当ブログをご愛読いただいた皆様には大変お世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。今年最後の今日の一曲は、これまで一度も登場していない作曲家、ヘンデルのオラトリオ「メサイア」からハレルヤ・コーラスです。ウクライナ国立歌劇場管弦楽団の演奏でどうぞ。来年こそ、ウクライナやパレスチナにも平和が訪れますように。ではまた。

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