横浜院長のひとりごと

横浜院長のひとりごと No.067 追悼・やなせたかし先生

横浜院長の柏です。横浜市民にはアンパンマンミュージアムでもおなじみの、やなせたかし先生が亡くなられました。子どもの頃から、彼の絵本を読んで育ちました。その後アンパンマンで一世を風靡するなんて思いもしませんでしたが、彼の絵は好きでした。「やさしいライオン」、これは強烈な印象があります。初版が1969年らしいので、私が読んだのはその頃でしょうね。
アンパンマンの歌詞、「何のために生まれて 何のために生きるのか 答えられないなんて そんなのはいやだ」ネット上の追悼コラムなど読んでも、これを取り上げたものが多いですね。哲学的な問いを子どもにストレートにぶつけている、その意義についてなどなど。
ただ、精神科医としては一言申し上げておかなくてはいけないと思い、デパケンの話は次回にして今日は筆を執りました。
期せずして今日も、お二人の患者さんから「何のために生きているのかわからなくなった」との言葉を聞きました。みなさんはどうですか。普段、何のために生きているのか、考えていますか?
私は・・・考えてません。とりあえず健康的に毎日を送っている場合、生きている意味とかいちいち考えないのが普通じゃないでしょうか。
思うにそういうことを考えるのは、よほどエネルギーが高く有り余っているか、あるいは精神に変調を来している時でしょう。
やなせ先生ご自身は、90歳を越えても旺盛な創作活動、バイタリティを示した希有なる方です。また、一種軽躁的とも言える創業者の方々、思索一筋の哲学者の方々など、生きている意味を常に考えている方々は普通の人よりも高いエネルギーレベルを持っている方々だと思われます。ただ、我々凡人でもこのテーマにはまる瞬間がありますね。そうです、思春期です。この時期は、思春期危機という言葉もあるくらいで、若いエネルギー、バイタリティが行き場を求めて彷徨います。その一つが、「生きている意味の模索」の形を取るわけです。やなせ先生が、子供たちにこの歌のメッセージを送ったのは、その点では意義深いことだと思われます。
エネルギーが決して高くない、むしろ落ちているような時期に「私は何のために生きているの?」と考えていたら、それは不調のサインととらえるべきです。エネルギーが低下して現実との乖離をきたした時に、そのぶれがこうしたアイデンティティ・クライシスを引き起こすのです。
「何のために生まれて 何のために生きるのか。」我々は人類という種をなすその一人として、種の存続という大自然の雄大なプログラムに組みこまれ、生まれてきています。生まれてきたこと自体が大自然の神秘であり、その営みの一つなのです。難しく考えず、大自然の織りなす河の流れにただゆられていくのが正しい生き方ではないでしょうか。
いやいや、やなせ先生へのアンチテーゼではないですよ。(ちなみにアンチゴーネはジャンボーグA、うおっとまた特撮脱線)アンパンマンの歌詞はこう続きます。
「今を生きることで 熱いこころ燃える だから君はいくんだ ほほえんで そうだ うれしいんだ 生きるよろこび たとえ 胸の傷がいたんでも」
そうです。今を生きることです。そうすれば、熱いこころが燃え、生きるよろこびをうれしく感じる日は必ずやって来ますよ。

コメント

  1. まねきねこ より:

    何のために生まれてきたのか、何のために生きるのか、これは古来からの人間の悩みだったようで、勿論、われらがお釈迦様は王子様のころ、これをこんこんと悩んでうつ病にまでなってしまったそうですから。それで出した答えが「無」。これないわ~と若いころは思ったものですが、自分も自然の一部なのだと自覚し、自然のサイクルの中に身を置くことに心の安定を見出したとか。年を取ると、そういう無欲な心地よさが実は贅沢なことだと思えるようになるのですがねえ。孔子の儒教はもっと現実的なので、現役世代はそちらの方がおすすめかも。社会・組織の中で、人は人としていかに良心を持って社会を構成すべきなのか。そして、そのことが個人にも幸福をもたらすことを説いていて、まさに、東洋の社会倫理を長い時代支えてきただけのことはあると思います。
     実は私、生まれてきたことにも生きていることにも、特別性はないと思います。そこに寝そべっている猫は、何のために生まれてきたのか、何のために生まれてきたのか、そんな意味などないと思います。庭の石や、空をゆく鳥、池の亀と同じく、自分もまた、「存在しているもの」だと思っています。仏教では、人間だけが悟っていないというのも、そうなんだなあと思うのは、そこなんですよね。彼らは悩まないし、迷わない。
    しかし、悩むことも迷うことも、人間ならでは、なのですから。人間は考え続けたいです。

  2. 隊長 より:

    「世界中の人に、一人でも多く、自分の名前とキャラクターを知ってもらう。」
    人生の目標です。
    だけど、悪いことをしてではないですね。
    だから語学が好きです。

  3. 横浜院長 より:

    まねきねこさん
    深いですね。おっしゃるとおり、こうした問題にはニーチェ、カントなど西洋思想よりブッダ、孔子などの東洋思想の方が向いていますよね。こころが健康的な時に、しっかりと考え、悩みましょう。
    隊長さん
    よい目標ですね。日本中、じゃなくて世界中、というところが素敵です。

  4. mos-mos より:

    > 普 段、何のために生きているのか、考えていますか?
    私は・・・考えてません。
    とりあえず 健康的に毎日を送っている場合、生きている意味とかいちいち考えないのが普通じゃないでしょうか。
    ……意外でした。「えー、そうなの?!なんで?」って驚きです。
    何かに集中している時は、まだいいのですが、もうずっと常に考えまくって、ぐるぐる、ぐーるぐる……
    自分が納得する答えなんて出ないと、どこかでわかっていても何故か止められず、「…しんどい、辛い」という気持ちだけが残り…
    でも、皆がみんな、多かれ少なかれ常に考えているものと思っていました。(さすがに「私は過剰なんだろうなぁー」とは薄々感じてはいましたが。)
    一人でいる時は大体コレだし、かといって常に誰かがずっといるのも疲れてしまう…なんとも難しくやっかいなものだなぁーと思いました。

  5. 横浜院長 より:

    mos-mosさん
    皆さんどれくらい哲学的なテーマを考えているんでしょうね。とても気になりますね。
    私は何と言っても南の島と温泉大好き、動物占いコアラ組ですから、ぼーとしているのが一番なのです。私は、答えがある問いは考えますが、答えがない問いは考えないのが基本です。「夕食何を食べるか」「週末どう過ごすか」は考えますが、「何のために生きるか」は考えません。こう見えて(?)プラグマティストなのです。